……空気が、なんとなしに重い。というか、痛い。
 向こう側には心配げな眼差しと、今の状況をわかっているのか疑わしいいつもの笑顔。
 そして、後一つ。ひたすらに冷ややかなその眼差し。

「――なるほど。要するに、この方……ゼルレッチさんはアルクェイドさんの縁者という訳ですね?」

 テーブルを挟んで向こう側の秋葉は、そう言って半目でこちらを見やった。
 ……初対面の相手を目の前にしてこの態度。兄としては、どーかと思わないでもない。

「うん。アルクェイドの話だと、保護者というか後見人みたいな立場らしいよ。……それでいいんですよね、ゼルレッチさん?」

 とりあえず問いに応じ、当の本人に話を振る。
 普通の人なら居たたまれなくなるような空気の中、平然と事の成り行きを見守っていたゼルレッチさんは、落ち着いた様子で口を開いた。

「ええ、そんな所です。アレの『親族』とその約定を交わしたのは随分と昔になりますが、それが今もなお破棄されることなく残っていましてな。私は、アレの面倒を見続けている訳です」
「なるほど。――まぁ、貴方とアルクェイドさんの関わりなど、私の知った事ではありませんが」
「秋葉……」

 今の態度はいくらなんでも失礼が過ぎる。
 思わず、秋葉に声をかけるが、彼女はそんな俺に冷ややかな眼差しで応じた。

「……兄さん、言いたい事はわからないでもないですが、こちらだって言いたい事はあるんですよ?」
「う……」

 実は、わかっている。
 何故、秋葉がこんな態度を取っているのかは。
 こちらが気圧された事もあって、秋葉は一呼吸を置いて続けた。それこそ、咎めるような声音で。

「――というか、何故、この方を遠野家に泊めねばならないんです?」









 『月翁来たりて』 第二話









「あ、いや……だから、さっき言ったろ? ゼルレッチさん、泊まり先にアルクェイドのマンションを当てにしてたのに、アルクェイドの奴がゴネて泊めてもらえなかったんだって」
「それなら、近くのホテルでも探せばいいじゃありませんか。いくら予約を入れてないとはいえ、何かのシーズンでもあるまいし、幾つか回りさえすれば、入れる所も見つかるでしょう?」

 にべもない返答。
 その言い方からも、ゼルレッチさんを泊めるつもりはさらさら無いという意図がありありとわかる。
 まぁ、遠野家の家長としては、身元のわからない人を気安く泊める訳にはいかないんだろうけど……。

(……アルクェイドの縁者だからっていうのも、少なからずあるんだろうなー)

 秋葉の奴、俺がアルクェイドと仲良くしてるの、どーも嫌ってるっぽいし。
 いよいよ旗色が悪くなってきたが、それでもゼルレッチさんに頼まれた手前、精一杯の抵抗を試みる。

「し、しかしな、秋葉。ここまで来てもらって追い出すっていうのは、遠野家の風評に差し障りがあるんじゃないか?」
「兄さん? お言葉を返しますけど、私には家の長男とのちょっとした繋がりを盾に、図々しくも屋敷への宿泊を頼むような不審者を追い返したところで、遠野家の風評に傷が付くとは到底思えませんが?」

 ……抵抗失敗。
 やっぱり無茶だったかなぁと今更ながらの後悔が脳裏に過ぎる。
 正直な所、この屋敷での俺の発言権など無きに等しいから、秋葉に否と言われてしまうとどうにもならない。
 形勢不利な状況に、ゼルレッチさんの方を横目に見る。
 しかし、当のゼルレッチさんは己の宿泊を反対する秋葉を、むしろ興味深そうに眺めていた。
 どうやら自分の頼みは聞き入れられそうにないというのに……今の状況を理解しているのだろうか?

(……変な人だよな、正直言って)

 失礼だが、しみじみとそう思う。
 それは、一時間程前までいたアルクェイドのマンションから感じていた事なのだけれど。
 ゼルレッチさんを見ている内に、その時の事が脳裏に過ぎる。
 そして、いつの間にやらその時を思い返していた――。


「――え、ええと、志貴。ずるずると先延ばしになっちゃってたけど紹介するね。彼は、キシュア=ゼルレッチ=シュバインオーグ。……あたしの保護者、もしくは後見人って言えばいいのかな? 見ての通り一応死徒なんだけど、そんな訳であたしと敵対してないから安心してね」

 そう言ってアルクェイドは、コートを脱ぎ、外人のクセにフローリングの床であぐらをかいている老紳士を指し示した。

 ――ここは、アルクェイドのマンションである。

 あの通学路の出会いから十数分、個人的に通学路で目立つのは問題があるので俺達はこちらへと移動していた。
 ちなみに、シエル先輩はあの場で帰ってしまったのでここにはいない。
 お邪魔のようですから――とは言ってたけど、表情は若干引きつっていたし、単純にゼルレッチさんと相席したくなかったのだろう。
 ……いや、俺だって充分居心地が悪いのだけど。

「…………」

 つい、まじまじと見つめてしまう。
 簡単な説明は受けた。でも、その姿を見た時のアルクェイドと先輩の反応はそれだけの説明では理解できない。
 もっと、この人について詳しい事が知りたかった。
 先輩の反応からすると、何やら大物みたいだけど……。
 と、アルクェイドの紹介を受け、ゼルレッチさんが口を開く。

「はじめまして、遠野志貴。君の事は、アルクェイドの『手紙』で知っている」
「あ、いや、どうも……」

 流暢な日本語かつ慇懃な挨拶に、つい恐縮してしまう。
 というか、俺の知ってる年配の人というと宗玄のじーさんぐらいのものだし、あのじーさんにしたってこんな落ち着いた雰囲気は皆無だから、ちょっと対応に困る――って、『手紙』?
 妙な単語に俺は思わず顔を上げたが、そこでアルクェイドが割って入った。 

「と、ところで、ゼルじい。何で、貴方がこっちに来てるの?」

 おずおずとした問いかけ。それは、俺も聞きたかった事だ。
 それに、ゼルレッチさんは眉をひそめる。

「……何故とは心外だな。元はと言えば、お前が一週間前に変な物を送りつけてきたからだろう?」
「変な物?」
「いや、お前としては変な物という自覚はなかったのだろうが……ほら、これだ」

 ゼルレッチさんは、そう言っておもむろ右手を掲げ、振る。
 すると、次の瞬間には出来のよい手品のように、その二本の指の間に一枚の写真が挟まれていた。
 と、その手紙にアルクェイドが身を乗り出す。

「あ、それは……」

 その呟きに俺も写真を見つめ、気付く。
 写真の中では、俺に顔を寄せて嬉しそうに微笑む浴衣姿のアルクェイドが映っていた。
 後ろでは、幾つかの花火が夜の空を明るく染め上げている。
 間違いない。夏休みの終わりに、二人で行った夏祭りで撮った写真だ。
 しかし――俺は、アルクェイドの方へと視線を向ける。

「なぁ、アルクェイド。なんで、あの写真をゼルレッチさんが持ってるんだ?」
「ええと……この写真を志貴にもらった後、あんまり嬉しかったものだから、近況報告を兼ねて焼き増しした写真共々ゼルじいの元に送ったの」
「送ったってなぁ……」

 アルクェイドの話に、顔をしかめる。
 別に咎めるような話でもないが、自分達の事をこうして他人に見せつけていたというのはいささか気恥ずかしいものがある。
 すると、彼女も悪いと感じたのか、少し俯いて口を開いた。

「……だって、こういう事話せそうな相手なんて、ゼルじいぐらいしか思いつかなかったから。他にはシエルとか妹とか、話したら怒り出しそうなのしかいかったし」
「あ……」

 アルクェイドの弁明に、俺は言葉を失う。
 そうだ。アルクェイドがこんな事を考えるようになったのは、俺と出会った後からじゃないか。
 気恥ずかしいからと、つい咎めるような言い方をしてしまった自分に後悔を覚える。
 それは、彼女にしてみれば本当に嬉しかった事の表れだというのに。
 と、その時――。

「――どう捉えたかは知らないが、君がそんな表情をする必要はないぞ、志貴君。今の発言はこやつにしてみれば、ただ単に君を私に見せびらしたかっただけだろうからな」
「えっ?」
「む」

 こちらの心を見透かしたようにゼルレッチさんが言った。
 見せびらかしたかったって……その意味を聞こうとする前に、ゼルレッチさんの言葉に眉を寄せたアルクェイドが口を開く。

「ゼルじい、何よその言い方」
「そのままの意味だ。確かに、こちらで起きた事は子細漏らさず書かれていたが、残りときたらこの少年とののろけ話ばかり……中身を初めて見た時は、今までのお前との落差に思わず手紙を取り落としかけたぞ」
「う。そ、それを言われると……」

 呆れたような表情でゼルレッチさんに言われ、 不満げだったアルクェイドもバツの悪そうな表情を浮かべる。
 そんなアルクェイドに、彼はため息を一つ付いてから続けた。

「……まぁ、そんな訳で私としても大いに驚かされた訳だ。これまで、この地球上で限りなく究極に近い闘争者だったお前が、幾度めかの『蛇』殺しに向かったら今回に限って一年近くも『城』に戻ろうとせず、ようやく手紙で連絡をよこしたらと思ったら、まるで別人のような文面と近況だ。仮に私でなくても、何事かと思うさ」
「それが、ゼルじいがこっちまで来た理由ってわけ?」
「そうなるな。――ついでに、この土地の近くに住む弟子の末裔に会いに行ったが」
「弟子の末裔?」
「うむ。ほんの三百年程前――割合最近にとった弟子で、遠坂というのだが……まぁ、それはそれとしてだ」

 そこで、ゼルレッチさんはアルクェイドに見て、なんとも言えない表情を浮かべた。
 強いて言うなら、驚きと感動を混ぜ合わせたような表情を。

「正直、驚いている。こうして向かい合っても、自身の目が信じられない程だ」
「そ、そう?」
「昔のお前を知るものなら、皆そう思うだろうよ。まったく……そこの少年の仕業であるらしいが、今のお前と来たら、まるでどこにでもいる普通の娘のようではないか」
「…………」

 優しげな雰囲気のあるその言葉に、アルクェイドも少し照れたように俯く。
 それは、二人だけがわかるもの。
 二人の関係はまだよくわからないけど、少なくとも殺伐としたものではないらしい。
 ……まぁ、それを言ったらあの時の反応から考えても、殺伐としていたらおかしい訳だけど。
 と、俺も一緒になって和んでいると、不意にゼルレッチさんが何故か半目になって改めて俺を見やった。

「――しかし。一体、どこをどうたらし込めば、アレがこうなってしまうのだ、志貴君?」
「――ぶっ!?」
「いっ!?」

 その一言に、俺は思わず飲みかけていたコーヒーを吹き出した。
 気管にコーヒーが入り、激しくむせる。
 一方、アルクェイドも顔を真っ赤にしてゼルレッチさんに詰め寄った。

「じ、じいやっ!? な、ななななななんで、それをっ!?」
「阿呆。私が、一体何年生きていると思っている? ……それに、身体からこの少年のものらしき体液の匂いを漂わせていておいて、一度きりという事もあるまい」
「なななななななっ!?」

 こともなげに返したゼルレッチさんに、アルクェイドは慌ててバタバタと自分の腕などを鼻に寄せた。
 これには俺も言葉もない。まさか、匂いでだなんて……。

 ――でも、匂いって、ここしばらくはご無沙汰だったよな?

 案の定、アルクェイドの仕草をしばらく眺めていたゼルレッチさんは、一つため息をついてからポツリと呟いた。

「つまり、思わず自らの匂いを確認してしまうような付き合いという訳か。あの娘が、なかなかどうして……」
「…………」

 しばらくの硬直。それからきぎっ、と首をゼルレッチさんに向けるアルクェイド。
 何食わぬ顔でさっき出されたコーヒーに口を付けるゼルレッチさん。
 ……前言撤回しても良いかも知れない。
 そんな事を考えていると、アルクェイドの冷たい視線を平然と受け流していたゼルレッチさんが、ふと俺の方へと視線を向けた。

「……まぁ、お前をからかうのもこの辺にしておこう。こちらの少年からも話を伺いたい所であるし、どうせ時間はたっぷりとある」
「なっ!? じいや、ここに滞在する気っ!?」
「普通に考えて、欧州から極東の島国まで日帰りで遊びに来るとは思えんが?」

 叫ぶアルクェイドに、呆れたようにゼルレッチさん。
 その言い方がまたアルクェイドを刺激する気がしたので、俺は慌てて割って入る。

「じ、じゃあゼルレッチさん、泊まり先はもう決まっているんですか?」
「その事だが、アルクェイドの了解が得られればここに逗留するつも――」
「――ねぇ、ゼルじい。あれだけからかってくれておいて、私にそういう事を頼むわけ?」

 皆まで言う前に、アルクェイドは冷ややかに告げる。
 ……そりゃあ、あれだけからかわれればなぁ。タイミングを外されなかったら、確実に暴れてたし。
 ゼルレッチさんもそれはわかっていたようで、あっさりと納得した。

「当然だな。付き合いは古いが特別親しい訳でもなし、予想は付いていた。お前が嫌だというのなら、頼むまい」
「でも、ゼルレッチさん。それじゃあ、どこに泊まるんですか? ホテルなんかを取るのなら、早めに街に行った方が……」
「ふむ、その事なのだが……」

 ゼルレッチさんはこちらへと視線を向ける。
 なんとなく、悪い予感をする。

「志貴君。唐突ですまないが、君の家に泊めてもらえないだろうか?」
「は?」
「なっ!?」

 その問いに俺は間の抜けた声をあげ、アルクェイドは絶句した。



「――兄さんっ! ちょっと、聞いているんですかっ!」
「えっ? あ、ああ……」

 秋葉の苛立った声に、俺は現実に引き戻された。
 その苛立った様子を見る限り、どうやら回想モードに入り込んでいたらしい。
 あの唐突な頼みを、いつの間にやら引き受けさせられて三十分。こうして秋葉の前にいる訳だが、どうにもそれをかなえる事は出来ないようだった。
 改めてゼルレッチさんの方を見ようとすると、秋葉もまた彼の方を見て口を開く。

「……そんな訳で、ゼルレッチさん。先から言っていたように、貴方を遠野家に逗留させる事は出来かねます。そちらの意図はともかく、素性も大してわからぬような者を無償で逗留させるつもりはありませんので」

 決定的な一言。予想していた事とはいえ、俺は内心でため息をついた。
 相変わらず、ゼルレッチさんの表情に変化はないが、これで彼をこの屋敷に泊める事は出来なくなったのには変わりはない。
 さて、これからどうしようか。
 この件を引き受けた身としては、せめてもの償いとして、この後の彼のホテル探しは付き合うべきだと思うのだが……。
 と、そこでゼルレッチさんが口を開いた。

「ふむ。代価があれば、よろしいのですかな?」
「えっ?」

 思わず声を漏らす。
 向こうでも、翡翠も琥珀さんも不思議そうにゼルレッチさんを見つめている。
 何より、目の前の秋葉が。
 少しの間を置いて、秋葉が眉を寄せて口を開く。

「代価とは、どういう事でしょうか? それが金銭とおっしゃるなら、値を聞くまでもなく却下ですが」
「わかっていますよ。私の言う代価は、アレ――アルクェイドの事についてです」
「…………」

 途端、秋葉の眼差しが細まった。
 アルクェイド? ……あいつの事がなんで代価になるのだろうか。
 確かに、秋葉は嫌ってる割にはアルクェイドの事を知りたがってはいたけれど。
 訝しく思っている間に、ゼルレッチさんは続ける。

「話を聞く限り、どうやら貴方はこちらの志貴君とは別の意味でアレにご執心のようだ。恐らく、遅々として集まらぬ情報にやきもきしておいででしょう。軒先を貸してもらう代わりに、あやつについての情報を教える。……貴方にとって、この取引は決して悪いものではないとは思いますが」

 沈黙が辺りに降りる。
 秋葉はさっきから妙に真剣な顔。ゼルレッチさんは余裕めいた笑みを浮かべている。
 向こうでは、何故か琥珀さんが意味ありげな笑みを浮かべていた。

「……何故、彼女についての情報が集まっていないとわかるのです?」
「何を今更。アレの正体を知っているのなら、並の対人機関でどうこうできる訳がないのも既に承知と思いますが」

 確かに、一応秋葉もアルクェイドが吸血鬼である事や、先輩の真の姿は知っている。
 しかし、それが何故秋葉が苛立っているという結論に達するのか。
 幸い、秋葉が何やら思案顔になっていたので、ゼルレッチさんに顔を寄せてみる。

「……あの、ゼルレッチさん?」
「……心配するな。君との仲がどの程度のものかについては口は割らんよ」

 ご丁寧にも別に聞きたくない事について返事を返してくるゼルレッチさん。
 いや、それはそれでけっこうな事なんですけど。
 アルクェイド本人に無断で、あいつの事を他人に教えたりなんかしていいのだろうか?
 ……それより、何故これが取引材料?
 と、そこで秋葉が大きなため息をついた。そして、おもむろに琥珀さんの方へ視線を向ける。

「……琥珀、客室に案内なさい」
「えっ?」
「はい、かしこまりました」

 こちらが驚く間もなく、琥珀さんは平然と頷き、こちらへと歩み寄る。

「ゼルレッチさま、どうぞこちらへ……」
「わかりました。――では、志貴君また後で」
「は、はぁ……」

 琥珀さんの案内に、これまた当然といった感じでゼルレッチさんは立ち上がる。
 俺は、居間を出て行った二人をただ呆然と見送った。
 ついさっきまで逗留不可という展開だったはずなのに、なんでいつの間にやらこういう事になったのだろう?
 秋葉と言えば、どうも納得のいかないといった表情を浮かべている。

「なぁ、秋葉。なんで急に態度を――」
「――兄さんには関係のない話ですから」

 皆まで言う前に即答されてしまった。髪の一部が赤く見えたので、即座に追求は諦める。
 まぁ、引き受けた事が果たせた訳だから、万々歳と言っていいのだが……先の掛け合いといい、どうも釈然としないものを感じて、俺は同じくいぶかしげな表情を浮かべていた翡翠と顔を見合わせた。



「――部屋は綺麗にはしてありますから、ご自由にお使いくださいね。夕食の支度が出来ましたら、お伺いいたしますから」
「ああ、ありがとう」

 実に『薄っぺらい』笑顔を浮かべてそう言った女中――琥珀、と言ったか――に、私は笑みを浮かべて応じる。
 返答に琥珀は頷くと、お辞儀をしてそのまま部屋を出て行った。

「…………」

 なんとなく、彼女が出て行ったドアを見つめる。
 ……パッと見、朗らかで明るく見えるが、よく見ればそれら全てが演技と知れる娘。
 長らく生きてはいたが、ああいう娘はそうそう見かけた事がない。
 『私達』程ではないにしろ、相当に歪んだ人生を歩んできた事は想像に難くなかった。
 それでも、あの笑顔に対して不快感の類を感じなかったのは、不思議とその内に淀んだものが見えなかったからであろう。
 案外、アルクェイドや『彼女』共々、あの少年に『救われた』のかも知れない。

 ――だとするなら、総じて女性という辺りが少々気にならないでもないが。

 私は苦笑を浮かべると、気持ちを切り替えて改めて案内された部屋を見渡した。
 悪くはない。確かに置かれているベットや調度品は値の張りそうなものだが、それらが無差別に置かれている訳ではなく、嫌みがない。
 いい意味で、簡素。
 さりげなく幾つかの盗聴器が隠されているが、これは素性もロクにわからない男を泊めるというのだから仕方あるまい。
 ……役に立つ訳でもなし。

「いや、しかし……面白い屋敷、そして家族ではあるな」

 口元を歪めて独りごちる。
 あの少年は言うまでもないが、この屋敷の者達もまた実に興味深い。
 少年の『妹』だという秋葉嬢は、人ならざる異種の血を引く血統のようだし(しかも、感じるものはかなり古い)、あの女中達もまた、系統は違えど少年と同じ特異技能者の血族のようである。
 アルクェイドや『弓』も加えれば、ひどく限られた空間で六人もの常人とは異なる存在が生活している事になる。
 まさしく、類は友を呼ぶといった所か。

 ――現実に、私もこうしてここに訪れていることを考えれば、それはまさしく至言と言えるのかも知れない。

 ともあれ、これで彼の懐には潜り込めた。
 明日からは、彼らの目を盗みつつ、『目的』を果たしていく事としよう。

「まずは、『繋ぎ』をとらねばな……」

 私は、そう独りごちると窓の方へと近付く。
 そして、窓を開けると己の右手を外へと向け、呪文を開いた。
 
「――『berichten Sie Fordermaschine(伝書を届けよ)』」
 
 呪文を唱えると同時に手の内より黒い塊が生じ、塊は鳥の姿へと形を変える。
 伝える内容はたった一言。それを告げると、宙に制止していた黒い鳥はすぐさま身を翻して飛んでいく。
 それを見送るようにして空を見上げる。既に日も落ちて薄暗くなりつつある空には、うっすらと丸い月が映っていた――。







続く





『後書き』その二(改訂後)
 ども、てぃーげるです。
 『月翁来たりて』の二話をお送りします。
 なんだかマターリとした展開ですが、次回も概ねこんな感じですので。(苦笑)
 また、今回は改訂部が少なめでしたし、以前に読んだ人も抵抗が少なかったのではないでしょうか?
 次回はシエル先輩の復帰し、某先生ちっくに解説してくれやがります。改訂前と違い公式設定を踏まえた造りにはしてますが、やはり妄想は方なのでお楽しみに。(笑) 
 では、今回はこの辺りで。


・どーでもいい話:
 この『月翁』の時期ですが、先日発売されたTYPE-MOON商業ゲーム第一弾『Fate/stay night』が「『月姫』と同時期の話(雑誌のインタビューにて)」と原作者が発言していた点から、『月姫』(十月)→『Fate/stay night』(二月)→『月姫ファンデスク・歌月十夜』(七月下旬)→『月翁』(九月半ば)と言う形にしています。
 『Fate/stay night』がどのルートを通ったかはご想像のままに。(笑)



続く


2003/3/30



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