a prologue
そうして、わたしは再びきつねうどんを食べましたとさ。
最初にご馳走になったのは『おあげ』が2枚で、
それに比べると今回のはグレードが下がるみたいだけど――――
……思えば、忘れもしない3日前。
わたしこと瀬尾あきらがきつねうどんを食べていた事が、
志貴さんと――――
〜立ち食い蕎麦屋純愛劇場〜
1/ きつねうどん
――――そのとき、瀬尾晶は『きつねうどん』を食べていた。
夏休み。イベントが近づいたので、再び例のホテルに泊まることになりました(ふーっ、ふーっ)
思えば昨年あの事件がなければ志貴さんと出会うことはなかったんですよね(ずぞぞっ)
そういった意味では、あの名前も知らぬカマキリ男にも感謝です(っは〜〜〜〜〜)
ああ、志貴さん。いったいあなたは今何処にいるのでしょう(ずぞぞぞぞっ)
「へえ、きつねうどんか」
「……………………」
――――ヘエ、キツネウドンカ
……ソレッテワタシニ言ッテルンデスヨネ?
…………そ、そそ、そして、こ、この耳をくすぐる甘美で魅惑のボイスの持ち主は…………
「し、し、しししし、しきすゎんんっ!?」
「ご、ごめん、驚かせちゃった?」
な、何で? なんで志貴さんが!?
何だってお蕎麦屋さんにいるの!?
おそばを食べに来たの? うどんを食べに来たの?
――――って、落ち着けわたし! 問題はそんなことじゃない!!
はわ〜、頭の中がぐるんぐるんにサンバしてるよ〜!!
きつねうどんなんて食べてるところを見られた!?
よりにもよって、うどんをすすっているところなんて!!
うどんをすすっている女だと思われた――――うどんをすすってる女だと――――!!
「え、えっと、ほら、その、『イベント』はどうしてもお金が掛かるじゃないですかっ!
ですから昼食は謙虚に質素にそれでいて美味しく済ます必要があるわけですよ!!」
「あ――え、っと……そ、そう……あるわけんなんだね」
「そ、そそ、そ、そうなんですよ!!
ですから普段からこんな立ち食い蕎麦なんて剛毅な場所で食べてるわけじゃなくてですね!!」
「え……あ、そうなんだ……いや、そっか、そうだよね……」
――――あれ? 何だかがっかりしたような声。
「ごめんね――――あ、いや、ほら。
随分前になるけど……俺がアキラちゃんと初めて出会ったとき、立ち食い蕎麦に誘っちゃったよね。
女の子なんだから、やっぱもっとかわいい所に連れて行くべきだったんだろうけど……ごめん」
――――あ、
――わたし馬鹿だ。
――志貴さんとの想い出の場所なのに、
――――それを……
気が付いたら、わたしは大声で叫んでいた。
「そっ、そんなことありませんっ! わたしお蕎麦大好きですっっ!!」
志貴さんは、きょとん、とした顔をした後――
「…………ぷっ、」
――――笑った
「あ……ひ、酷いですっ! 志貴さん、いま笑いましたねっ!?」
「いや、笑ってないよ」
「いーえ、笑いました! 今だって顔がにやけてます!」
「そんなこと無いって…………親父さん。俺もきつねうどん」
「話を逸らさないで下さい!」
「いや、そんなこと無いって」
「ううっ……、」
「…………」
「う〜〜……」
「……おいしいよね、きつねうどん」
「――――へ?」
唐突に言った。
見れば、さっきまでのにやけた顔ではなく、優しい笑顔だった。
「俺、実はきつねうどんが大好きなんだ。アキラちゃんは?」
「――――あ……は、はいっ♪ わたしも大好きですっ!!」
2/ てんぷらそば
次の日も、わたしたちは同じお蕎麦屋さんにいた――――
「ここの『かき揚げ』はうまいんだよ。
うまさの秘訣は何と言ってもたっぷりのネギと小柱」
「『海老天』なんぞを褒め称えるのは愚の骨頂! てんぷらはやっぱ『かき揚げ』ですよね」
「タマネギ、長ネギ、ニンジン、ゴボウ。小柱、小エビにジャコ、シラス――――」
「噛むたびに口の中に広がるじゅわっとした旨味――――」
「「これぞ『てんぷらそば』の醍醐味っっ!!」」
「――だよなぁ」
「ですよね〜」
割り箸を片手に、七味に手を伸ばす。
「「――――あ、」」
ひょうたん型の七味入れの上で重なる手――――
姿を確認するまでもない、この手の持ち主は志貴さんだ。
つまり、わたしたちは今、手を重ねているわけでして、つまりはその……
……えっと……え? ええ? ええっ――!?
――――バッ!
ふたりとも同時に手を離す。
「――――そ、その、ごめんっ!!」
「――いえ、こ、こちらこそ、ごめんなさいっっ!!」
「あ、その、先にどうぞ」
「いえ、志貴さんこそ……」
「いや、アキラちゃんこそ……」
「いえ、志貴さんこそ……」
「いや、〜〜〜〜…、」
「いえ、〜〜〜…、」
「いや〜〜…」
「いえ〜…」
「〜〜」
「…、」
エンドレス
結局、わたしが押し切って、志貴さんが先に使うことに。
使い終わって渡されるときに、ちょっと手が触れ合ったけど、
お互い気付かないフリをして過ごしました。
――――志貴さんの手――大きかったな、
――やっぱり男の人なんだ……
「……ラちゃん…アキラちゃん」
「う? ――え? あ、は、はいっ!?」
「アキラちゃん、そんなに入れて大丈夫なの?」
「え? ――――ああっ!?」
ううっ、気が付けばお蕎麦は真っ赤に………
「へ、平気ですよ。こちとら江戸っ子ですからね。
蕎麦はツユが赤く染まるくらいに入れなきゃ粋じゃないですよ」
「……江戸っ子? 北国出身じゃ?」
「あ〜、食欲がそそられます」
ずぞぞ……、――――!?
「けほっ!! ――けほっけほっ!」
「だ、大丈夫っ?」
「けほっ――ちょ…けほっ、――ちょっとかけ過ぎたみたいです……けほっ」
「ほら、お茶飲んで」
「……す、すいません……けほっ、」
「………………」
――――ずい、
と、志貴さんは、どんぶりをわたしのと取り替えた。
「え? あ、あの――――」
「大丈夫、俺は『赤いモノ』には慣れていてね。これくらいどうってことないよ」
そう言って、ずぞぞっ、と、お蕎麦をすすり始める。
「けほっ! ――――かっ、けほっ! ――――いや、大丈夫だから」
「……志貴さん」
「いやぁ、美味いなぁ。七味とてんぷらの相性は抜群だね」
――結局、志貴さんは、むせながらも、真っ赤になったてんぷらそばを食べ切りました。
3/ 月見
待ち合わせをして、ふたりでお蕎麦屋さんに――――
何だか最近、志貴さんと仲良くなれた気がするけど……これって錯覚じゃないですよね?
ちょっとくらい…………自惚れてもいいですよね?
「アキラちゃん、今日は何にするの?」
え……っと、一昨日が『きつね』で、昨日が『てんぷら』で……
「そうですね……今日は『月見』にしようと思います」
「あ、いいね。俺もそうしようかな」
何となく照れる。
好きな人と同じものを食べるというだけで、わたしの心はドキドキと弾み出す。
この気持ちはとても心地いい。嬉しい。ちょっとだけ恥ずかしい。
にやけそうになる顔を誤魔化すために、
『月見うどん』を注文しようとした。
その前に、志貴さんが注文をする。
「親父さん、『月見そば』ね」
「―――え?」
――――お蕎麦
「ん? どうしたのアキラちゃん?」
「あ、いえ、何でもありません」
「――?」
さっきまで弾んでいた心は、ステップをやめ、
冷えて冷えて、冷たいイバラを生やす。
「――? まあいいや、アキラちゃんも月見だよね?」
「……ええ、ですけどわたしは『うどん』で――」
それはほんの些細なこと。
それでも、どうしようもないくらいに、わたしの心は悲鳴をあげる。
「ああ、アキラちゃんは『月見』は『うどん』っていう人なんだ」
――――悪気があって言葉じゃない。
分かってはいるのに、
わかってはいるのに、
ワカッテハイルノニ、
「――いけないですか?」
「え? あ、いや、そんなことはないけど……」
棘のある言い方。
わたしは凄く嫌な奴だ。
志貴さんは戸惑ったような表情を見せる。
それを無視して――――無視するために、わたしは注文を済ませる。
「すいません、月見うどんお願いします」
いかにも『わたしは不機嫌です』という声。
わたしは凄く凄く嫌な奴だ。
――――凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄く凄く嫌な奴だ。
その後も、わたしは不機嫌オーラを出し続けた。
それでも、志貴さんは会話を振ってきた。
そのたび、わたしは不機嫌に返した。
そして、何となく気まずい雰囲気のまま、お蕎麦屋さんを後にする。
「それじゃあね」
と、志貴さんは言う。
――――また明日、という言葉は無かった。
わたしは、「はい」とだけ応えた。
姿を見送ることもせず、わたしは早々にホテルへと戻る。
自然と足早になる。
目頭が熱くなってくる。
声に出して呟く。
「……何やってるんだろ、わたし」
独りで浮かれて、独りでいい気になって、独りで怒って、怒らせて、独りになって――――
「…………何やってるんだろ、」
4/ かけうどん
――――気が付いたら、今日もお蕎麦屋さんにいた。
「……きつね――あ、やっぱり……かけうどん、お願いします」
なぜだろう……今はきつねうどんを食べたくない。
――――湯通しして、ちゃっちゃと湯切りをして、
うどんはわたしの気持ちとは関係なしに、小粋に弾む。
卓越しにどんぶりが渡される。
お金を渡して、自分の元に引き寄せる。
湯気の向こう、白いうどんが、わたしのことを見つめ――――
「――――え?」
――――白く……ない?
「あ、あの、わたしの頼んだのは、かけうどんですが……」
「……お嬢ちゃん。俺が客の注文を間違えるわけないだろ?」
店主はそう答えるが、どう見てもこれは……『きつねうどん』?
「でも……『おあげ』が……」
「……それはあっちの小僧からだ」
そう言って、わたしの右側の方を指差す
――――そこに居たのは、
「――――し、志貴さん」
「……うい、志貴です」
そう言って申し訳なさそうに右手をあげる男の人。
「その……昨日はごめん。俺が悪かったよ。申し訳ない。
―――で、その『おあげ』は……お詫びのしるしです」
「…………志貴さん」
――ああ、だめ。
わたしも謝らなくちゃいけないのに………
「…きさん……志貴…さん………」
――カッコ悪いな。
――――ごめんなさいも言えない。
ただ嬉しくて、嬉しくて、志貴さんの名前を繰り返しながら涙を流すことしかできない。
――どうして、
――――どうしてあなたはそんなに優しいんですか?
「……ひっく……志貴さん……」
――志貴さん、
――――志貴さん、大好きです。
an epilogue
――――結局わたしが泣き止んだのは、麺が伸び、おつゆがさめてから。
その間、志貴さんはずっとわたしを優しく抱いてくれていた。
「志貴さん、それ『かけうどん』じゃないですか」
「う……実はもうお金がなくて……」
「それじゃあ、わたしのおあげを一枚あげますよ」
「いや、それはダメだ」
「どうしてですか」
「それは俺のお詫びの気持ちなんだから、アキラちゃんに食べてもらわないと」
「ダメですっ!」
「――うわっ!」
「わたしは志貴さんと同じものが食べたいんです!」
……志貴さんが赤くなった。
…………わたしもちょっと赤面
照れ隠しに、おあげを志貴さんのどんぶりに移す。
志貴さんは笑ってそれを受け取る。
「じゃあ、伸びちゃったけど、食べようか」
「――――はい!」
〜Fin〜
〜あとがき〜
どうも、藻間と名乗っている者です。
コンセプトは「コテコテなラブストーリー」。
ひたすらに少女漫画張りのコテコテを目指しました。
甘く切なく夢と不安と喜びと哀しみと。
願えばどこまでも飛べると信じていたあの日。
思春期の心をレモンスカッシュで割ったような純愛劇。
ひとつだけ、間違えてしまったと思うのが「場所が蕎麦屋」ということ。
――――はて? なぜこんなことに?
〜蛇足〜
実はもともとギャグとして書き始めた作品でして。
それゆえ、こんな中途半端なものに。
以下、ギャグだったころの残骸を。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「―――何で……何で『そば』なんですかっ! 『月見』と言ったら『うどん』でしょう!」
「『うどん』じゃ黄身が絡まないだろ? 『月見』は『そば』に決まってるよ!」
「―――き、黄身が絡まる……って、まさか志貴さんっ! 玉子を溶くんですか!?」
「アキラちゃんも変なことを訊くね。だって『月見』だろ? 溶かないでどうするの?」
「何を言うんですかっ! 黄身は麺が残り三分の一になったところでツルンと飲み込むものでしょう!」
「飲み込むっ!? 飲み込むって……まさか『黄身』を!?」
「それ以外何を飲み込むって言うんですか」
「だって、ちょ、アキラちゃん!!
黄身だよ!? 黄身!! ―――英語で言ったら『卵黄』!!」
「それ日本語ですよ」
「わからない。わからないよ。
なんでアキラちゃんみたいに分別のある子が黄身を飲み込んだりするんだ!!」
「分別があるからこそ飲み込むんです!
黄身を溶くなんて、月見に対する冒涜ですよ!!」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
――――失礼しました。
2003/7/27