――ギュギューン、ギュギューン――

 今までのバスターユニットを強化したものが先日支給された。 
射撃時に篭めるクライムの最大量が飛躍的に向上しており、しかも今までのような単発発射ではなく連射する事も可能となっている。 今は二発づつ発射してみたけどタイムラグは無く、この様子だと更なる連射が可能のようだった。
 だけど良い事ばかりでは無かった。 ユニットレベルの向上と共に使用者もまた選ばれるのが現状だから。
私に配備された新しいユニット、バスターユニットアドヴァンスを起動する為に必要なクライムは従来の5倍ほど。
トップクライマーと違い、クライムの容量が少ないクライマーにとっては新ユニットの起動・維持はかなりの重荷になる。 現に今使用してみたが、今の私には長時間使用はまだ無理みたい。

「葉月、御疲れ様。 次は桜菜、頑張ってね」

 オペレーターの指示でVBから出る。 次に入る桜菜ちゃんも新ユニットのテストのようだった。
彼女の与えられたユニットはブレードユニットの新型。 しかもそれが二本ある。
 VBの中で仮想戦闘する桜菜ちゃんは新ユニットを一本だけ起動して闘っていた。
一本だけと言ってもその出力は今までの物より優れているので、与えるダメージ量が大きくヴァーチャルガイストも次々と切り伏せられてゆく。
 暫くは軽快に闘っていた桜菜ちゃんだったけど、彼女も私と同様に2分ほどして動きが鈍りユニットのブレードがブレてくる。
クライムが揺らいできていた。

「はい、御疲れ様。 二人とも汗拭いたら上がってきてね」

 桜菜ちゃんは私と違って接近戦を想定した闘い方をする。 だからVBから出てきた彼女はかなり汗だくになっていた。 体質的にもあまり汗をかかない私から見れば、今の桜菜ちゃんはズブ濡れと言っても過言ではなかった。

「凄い汗ね、沙耶香さんに言って先にシャワーさせてもらう?」
「その前に……」

 それだけ言うと桜菜ちゃんはVBウェアのままでトイレに全力疾走して行った。
相変わらず、近いようである。









綾城葉月、応援作品
『葉月、頑張ります!』










「当面の問題はクライムの容量よね」

 マシンオペレーターの沙耶香さんによる仮想戦闘の結果分析。 やっぱりそこが問題になるんだな……
だけど、それって解決できる事なのかな?

「まずは、桜菜。 二本あるブレードだけど、まずはそれを維持する事からやってみましょうか」
「維持だけ?」
「そうよ。 貴女、始めから飛ばし過ぎなのよ。 だから力の配分を練習しなさい。 複数のガイストが現れたらどうするの?」
「う……」

 沙耶香さんの言うように、少しだけ戦って『はい、おしまい』とはいかない。
その点に関しては私も同様。 後方支援だと言っても戦場に出るからには同じ事だし。
それに私だって接近戦を全くしないわけにはいかないから。

「それから、葉月。 貴女にも同じ事が言えるんだけど、支給されたユニットの概要を覚えている?」
「……速射性と精度、それと威力の向上?」

 返答する私に沙耶香さんは、小さく頷いて言葉を続ける。

「だったらユニットに頼るんじゃなくてユニットを使わなきゃ」
「使ってるじゃないですか?」

沙耶香さんの言葉に横から不満をもらす桜菜ちゃん。 沙耶香さんの顔は『ほら、わかってないじゃないの』と語っている。

「さっき私が言ったクライムの容量の事よ。 容量と必要量がつり合ってないのよ。 だから強化ユニットの特性を活かす為にも二人とももっと使い方を考えなきゃダメよ。 新ユニットは発動するだけでも数倍の負担があるでしょ? クライムの容量が光くん達と違うんだからね」

 光様の名前が出たところで桜菜ちゃんが露骨に顔を顰める。 彼女はTERAでは珍しく光様の事を嫌いな部類らしいから。 紅梨が例えられたなら違った反応をしていたかも。

「工夫ですか? 例えばどんな風に?」
「クライムの容量を増やせればいいんだけど、その辺り私はクライマーじゃないからアドバイスは出来ないわよ。 それは相応しい人に聞いてみなさい」

 相談するにしても光様ぐらいしか話せる相手はいない。 紅梨だと大学も一緒だから聞き易いかもしれないけれど、闘いの事は曖昧にはぐらかすから具体的な話は難しい。
結論から言えば一人しかいないんだけど、最近は光様に近付き難くなっている。

「ねえ、葉月。 貴女最近何かあったの?」
「え? どうしてですか?」
「クライムって心の力だとかって聞いた事があってね」
「?」
「近頃の貴女はね、クライムが安定していないのよ。 以前の貴女みたいにね。 光くんが来てからはそんな事は無かったのにね」

 光様には専属のメイドさんが出来た。 それもクラスメイトだとか。
彼女には光様の事を秘密にするように指示がされている。
それが何を意味しようとも光様の為であるならば私は受け入れるだけなんだけれども、光様の身辺の御世話を出来なくなった事実は私にとって安らぎを奪われたって事だった。
 私は光様の隣に並ぼうなどと差し出がましい事は望んでいない。 ただ光様に御奉仕したいだけなんだけれども……


 今日は何も受講する単位が無かったから大学に行かず、久しぶりに光様のお部屋に足を向けた。 新ユニットに馴染めていないので気分転換として。
今なら光様や専属メイドである天野さんは学校に行っている筈。 とは言え、やはり鉢合わせするのでは……との思いがあるので、恐る恐る部屋の扉を開く。
相変わらず施錠はされていない。 仮に施錠されていても外から簡単に開くので私には問題は無いけれど。
 久しぶりに入る部屋を見渡す。 一見だけなら片付いている部屋。 だけどよく見れば、残り少なくなったティッシュとかが補充されていない。
専属メイド付きの部屋。 それにしてはあまり行き届いていない。 光様に御仕えするからには、謙譲の美徳を持って奉仕して欲しい。
 暫く見ないうちに簡単なリネン替えと清掃をしただけの部屋になっており、定期的に配達されてくるHな本はベッドの下で乱雑に隠されている。 冷蔵庫の中やクローゼットの点検もやっていないみたい。

(だめ。 これは放置できない)

 何となく久しぶりだったのでお部屋を眺める程度のつもりだったけど、予定変更。 今日は徹底的に御片付けしちゃいます。







 昼食後、私はトレーニングルームの射撃場に来た。 私の主武器はバスターユニット。 遠距離攻撃を主体とするからには射撃が下手では話にならない。
本当ならVBでユニットを使った練習の方が良いんだけど、VBばかりも使っていられないので銃での練習にした。
 射撃場にはあまり人が来ない。 始めは射的感覚で遊びに来る娘もいたみたいだけど、遊びで撃つには実弾はヘビィだったみたいですぐに誰も来なくなった。
今では利用するのは片手で数える程になっている。

 構えるのはコンバットパイソン、リボルバーの傑作品。
シリンダーに弾丸を装填し身体を半身に開いて正眼に構える。 ターゲットは出していない。
あるのは奥の壁に軽く撃ちこんだアンカーネイル。

 ダーン、ダーン、ダーン、ダーン、ダーン、ダーン!

 室内に鳴り響く銃声。 全弾を一気に撃ち尽くし、その先には完全に埋没したアンカーネイル。
全て釘にヒットさせて壁に打ち込まれている。

(よし、精度はバッチリ)









「へー、見事なものね」

 何時の間にか背後には司令とひなたさんが立っていた。
二人は射撃をするつもりは無く、ただ見ていただけのようで銃の準備をしていなかった。

「20ヤードで6発を3秒。 全部を釘の頭に当てて真っ直ぐ壁に打ち込むとはねぇ。 文字通りのピンヘッドショットか」
「葉月、凄いじゃない! こんなのアニメでしか見た事無かったけど実際に出来るものなのね」
「はぁ、ありがとうございます」

 これぐらいなら以前から出来た。 だけど新しいユニットを使用すると、何故か巧くいかない。
自分ではこれぐらい出来て当然、出来なければそれが問題点であるとの確認の為でしかなかった。
 折角褒めてくれているんだけど、私としては何の進展でもないので素直に喜べない。
だから気の無い返事しか出来なかった。

「どうしたのよ、浮かない顔をして? 具合悪いの?」
「そうでも無いんですけど……」

 体調が悪いわけでは無い。 自分でもよくわからないから曖昧に答えておく。

「一度、思いきりハメ外して遊んでみれば? ひなの衣装借りて光くんに見せてみるとか」

 どうせ着るならメイド服を着て天野さんと同じ役職になりたい……

「あのね葉月、司令はあんな言い方してるけど息抜きも必要よ。 専用ユニットを支給されたんだから思い詰めるのも無理ないけどね。 トップクライマー達も責任を感じたりするみたいだけど、それじゃダメだってわかるでしょ」
「それは、そうなんですけど……」
「何ならもう一度ブルマ祭りやってみる? ブルマはひなが提供してくれるわよ」
「司令は遊びたいだけだから気にしないでね」
「あれ? ひな、提供してくれないの?」
「するに決まってるじゃないですか」

 本気なのかはわからないけれど、ひなたさんの最後の言葉には妙に力が入っているみたい。

「っと、忘れるところだった。 さっき光くんが帰ってきてね、葉月の事を探していたわよ」
「私をですか?」

 告げられた言葉は以外にも私にとって魅力的な言葉だった。
光様から私を探して頂けるなんて事は稀である。

「そうよ。 見つけたら伝えておくからお風呂でも入って、ゆーっくり汗を流してきなさいって言っておいたわよ」
「最近、暑くなってきましたもんねー。 光くんも学校から帰ったら汗だくでしたし」
「お風呂……」

 頭の中を『お風呂』の文字がグルグルと巡る。 そんな私をみて司令がニヤリと笑い、追い討ちをかける。

「そう。 今、光くんはお風呂にいるの。 そして貴女に用があるみたい」
「司令、またそうやって葉月を煽って……」
「ちなみに、専属メイドは洗濯中だから小1時間は戻らないわよ。 大量に仕事を与えておいたから」

 最後の言葉はダメ押しだった。 私は司令の顔を見て小さく頷きその場を去った。
行き先は一つ。






 男湯と女湯の隔たりは薄くて低い壁が一枚。 その壁は私にとって理性の象徴であるかのようにも思える。
いや、もしかしたら私だけじゃなくてTERAにいる女性皆の心かも。 何かのきっかけがあれば色んな形に目覚めてしまうTERAの有様。
これが良いか悪いかは個人の解釈次第だろう。 私にとっては自分というモノの認識を得る機会だったと思う。

 ガラガラガラ……

 今、私はその壁の向こう――すなわち、男湯へと足を踏み入れている。
血流が激しく全身を駆け巡り、鼓動は大音響のように頭の中に響き渡る。 ここはある意味、私にとっての聖域。
目的は目の前で頭を洗う年下の男の子、私の主たる人物であった。
 傍に寄り覗き込んでみると目を瞑ってシャカシャカと頭を洗い、その泡は背中にまで垂れ下がるほどに念入りに洗っている。 私が入ってきた事に気付いていないみたい。
後ろから近付いて脇腹から両手を回して背中にゆっくりと抱きつく。 頬、胸、お腹が光様の背中をなぞるように密着し、肌がその温もりを伝えてくる。

「うわっ! 煌羅……じゃねぇな、この大きさは。 閃華かな? 男湯に入ってくんなよ」

 背中に押し当てられた胸で誰だかを判断する光様。 何だか、すっかり女性慣れしてしまっているような言葉。 今の言葉からトップクライマー特典混浴が公認になりつつあるのがわかった。
なんて羨ましい。 だけど私ではトップクライマーになるなんて遥か夢のまた夢だ。

「私です、光様」
「え、葉月さんか? 何か久しぶり……じゃなくて! いきなりビックリするじゃないですか」
「はい。 機会に恵まれず御無沙汰しておりました。 お手伝いさせて頂きますね」
「いい! 自分で出来るからいいって!」

 あ、以前と同じリアクション。 女性慣れしてしまった光様に少し残念な気持ちを持ったけれど、私の知る光様の姿が見られて安心する。
絡めた腕をそのままに言葉を続ける。

「私では御迷惑でしょうか? 悪い娘ですね、私。 悪い娘にはお仕置きを……」
「あ、じゃ、じゃあちょっとだけ手伝って貰おうかな? あはは」

 何かを危惧したかのようにぎこちなくだけど承諾を得る。
胸とお腹を密着させたままで洗髪を引き継ぐ。

「と、ところで、いきなりどうしたんですか?」
「司令から光様が私を御所望と伺いましたので」
「あのアホ司令はー」

 頭を洗い終えて、背後から手を伸ばして私ごとシャワーをかぶる。  
髪についた泡を綺麗に洗い流して次は身体。 モコモコに泡立てて背中を洗い始める。
勿論、ナイロンタオルなど無粋な物は使わない。 使うのは私の身体のみ。

「うわ、葉月さん! それ、また!」
「まだ御用件を伺っていません」

 今更ながら全身スポンジでの御奉仕に驚く光様。 その言葉を遮るように耳元で囁く。
私は呼ばれた理由をまだ聞いていなかった。 問う私の言葉が理解出来なかったのか光様は一瞬動きが止まったけど、すぐに思い出したように上ずった声で答えが返ってくる。

「よ、用件? ああ、探してたってアレか。 俺が学校に行ってる間に部屋を片付けて……うをーっ、柔らかっ!」
「よく私だとおわかりになりましたね?」
「あ、あそこまで片付けてくれるのは葉月さんだけですから。 それからベッドにあったアレなんですけど」
「ベッドの下ですか?」
「違う! それじゃなくて、上にあった……」
「抱き枕ですか? 暇をみて縫ってみたんです。 光様、最近寝苦しいって仰っていたので」
「え? 手作りなの、アレ? 上手に出来ているから買ってきたのかと思いましたよ。 玲依と俺が学校に行っている間に色々とやってもらうのも何だか気が引け……あぁ! そこはヤバいって!」

 そう言って頂けるのは、恐悦至極。 出来れば毎日続けたいぐらい。 だからスポンジも続行中。

「光様あっての私ですし、何よりも私自身が望んでいますので毎日でもさせて頂きたいのです。 先程も申しましたが、今ではあまり機会に恵まれませんので……」
「ふあぁあぁ…… か、かなり世話してもらっておいて、こんな事を言うにはホントに今更なんですけど」
「はい?」
「お、俺の事よりも、自分の事を優先しないと勿体無いんじゃないかなーってさ」

 自分の事…… そう、一つ気になる事もある。
いずれ伺ってみるつもりだった事。
全身スポンジが止まり、自然と声のトーンが下がる。

「では、私の事で伺います。 先日、強化したバスターユニットが配備されたのですけれど……」

 VBでの訓練時の事、沙耶香さんに言われた事を掻い摘んで話してみる。
私の話を聞いてくださる光様の横顔は普段なら優しく温かみを感じるのだが、今は凛々しく少し厳しい顔になっている。
闘いの最中、私達一般クライマーを助けてくださる時のもの。 その姿は、さっきまでの落ちつかない慌てた光様とは全く違う。
例えるなら普段の優しさは包み込んで下さるようであり、凛々しさは強く抱きしめられるかのように。
 私の言葉を一字一句を聞き逃さないように、真剣に向き合ってくれているのがよくわかる。

「根本的に私の出力不足が原因なんですが、今のままでは何とも」
「俺の場合はユニットを使わないからアドバイスになんないかも知れませんけど、クライムの使い方に強弱をつけてみるってのはどうですか?」
「強弱……ですか?」

 振り返りコメントしてくださる姿は真剣そのもの。 私の言葉を真剣に受けとめ過ぎて、全裸である事も失念している。

「そう。 たとえば、ゲームとかをしていても切り札ってのは取っておくでしょ? 出し惜しみじゃなくて、ここぞという時を狙って温存するんですよ」
「沙耶香さんも使う配分の事を言っていました」
「だろ? 必ずしも全力じゃなくても戦い方はある筈ですって。 特に葉月さんは後方支援なんだから敵のバランスを崩すだけでも援護になると思うけど」
「しかし狙いを定められない時や前衛がいない場合それだけでは……」
「それなら、一点集中するってのはどうかな? ドカーンって威力を一箇所に絞りこむんです。 そこだけ攻撃の密度が高くなりますよ」
「絞りこむ……」
「同じ水の量でも太いホースと細いホースじゃ出方が違うみたいにさ、それか力は弱くても同じトコに連発するとか。 水滴が何万年もかけて石に穴をあけるとかって話、よく聞きますよね」

 そんなに難しい事を仰った訳ではない。 寧ろ、率直な感想を言ってくれただけである。
だけど伸び悩む今の私にとって必要であり失念していた事。

「そんな考えて闘ったりしてないからなー。 アドバイスになってないよな。 ま、やってみて駄目だったら次を試してみるってぐらいなんですよ、俺は」
「何かを……」
「ん?」
「何かを試してみようと考えるとき、つい無駄だったときの事を考えてしまってそれで失敗するとかってありませんか?」
「ありますよ。 けど、やらなきゃ出来る事も出来ないままだし、それこそ無駄だ。 何やっても駄目かもしれないけど、出来る事ぐらいはやっておかないとな」

 言葉だけでは私もそう思う。 頭で理解しているつもりでも実感が無かったり感情がついて来ないときもある。
だけど、戦闘を踏まえた上でのこの言葉は私を前に進ませる力があった。
伺ってみて正解だ。 頂いた言葉は私に深く染み渡る。 さっき自分でも言葉にしたが、やはり光様あっての私。 私の中でバラバラになっていたものが一つに繋がり形を成してゆく。

「あんま考え過ぎない方がいいんじゃないですか? ほら、考えすぎるよりもリラックスした方が良いって事もあるし? 司令みたいにリラックスしまくってる人もいるわけだしな」
「リラックス…… そうですね」
「あ、ちょ、ちょっと! 何で」
「お風呂ですから」

 真正面から抱きつき、スポンジ再開。
それとほぼ同時に突如脱衣所からする人の気配。 すりガラスに映るシルエット――見間違う事のない触角は、その正体を如実に語っている。
光様の位置からは見えない筈だが、本能なのか一瞬ビクリと身体を震わせて硬直する。 何やら言葉にならない声を出しているけど、最早、意味不明。 幾多の激戦を乗り越えて尚、この緊張。


――光、入ってるの? お風呂洗いに来たんだけど――

――ついでに…… せ、背中流してあげようか?――

――部屋に戻っても居なかったから捜し…… あ、いや。 偶々ここに来たんだけど――


ガラガラガラ……

「ほら、あんた疲れてるみたいだしさー。 だから、そのー」
「あ、いや、あの」

 言葉の半ばで開かれる扉。 身体に密着するようなメイド服を着た少女は少し俯きながら照れたように目を逸らして返事も聞かずに入ってくる。
光様専属のメイド…… ある意味、専属冥土かも。
 呂律の回らない光様を不信に思ったのか、そこでようやくこちらに目を向ける。 時間が止まり、次の瞬間には浴室が殺意に満たされる。

「ナニヤッテルノヨ?」
「れ、玲依! ちょっと落ちつけ! 今はだな、あの、その」

 矛先は私たち。 全裸で泡だらけになりながら抱き合う光様と私に向けられている。
最早、弁解不能。 だけど私は先程頂いた光様の言葉を実践する。

「あー! 早くもカタコトモードに!? は、葉月さんもそんな事やってる場合じゃ無いって!」
「これが今の私に出来る事ですので」

 全身スポンジ。 向けられた殺意に震える体が更なる泡を生み出す、微振動つきのスポンジ。
きめの細かい泡がまるで洗顔フォームであるかのように膨れあがり、二人の身体を覆い隠す。

「出来る事って何だよー! に、逃げないと危険!」
「モウ一度キクケド、ナニヤッテルノヨ?」
「葉月スポンジ」
「ダメだー! 言っちゃダメだ! 見たらわかるけど、言っちゃダメなんだー!」

 光様ごと殴り飛ばされて私は浴槽で浮かんでいたけど、光様は専属メイドに引き摺り回され何度も踏まれて全身の泡を白から赤に変えている。
申し訳御座いません、光様。 私では援護出来ません。
その後、光様は食事も取らずに自室で療養なさいました。







 お風呂を出てから私は、自動販売機の前のソファーで冷たいお茶を飲みながら今日の事を色々と考えていた。
結局ポイントは2つしかなかった。 クライムの需要と供給がアンバランスなら、需要を見直すか供給を増やすか。
沙耶香さんからはクライムが不安定だとも言われている。 そこも心配なところ。

「浮かない顔ね?」

 突然背後から声をかけられた。 驚いて振り返ると、そこには何時の間にか知らない女性が立っていた。 ここに居るからにはTERA関係の人物の筈なのだが、私には思い当たる節がない。
着こなされたスーツが映え、肩ほどの髪は艶やかな色気を振り撒き、それでいて鋭い瞳は全体の雰囲気をシャープに彩っている。

「どちら様でしょうか?」
「名乗る程じゃあ無いんだけど、簡単にいえば榊月司令の縁よ」
「司令のですか」
「貴女にね、良い事を教えてあげる」
「司令から何か?」

 僅かに微笑む女性の顔は、言葉とは裏腹に危険な匂いを醸し出している。 けど、何故だろう。 声は出せるのに目が離せない。
私の質問に答えはなく、女性は構わずに言葉を続けた。

「ナイフや銃を使った殺人事件があったとするわね。 結果として被害者を死に至らしめたのは凶器。 では被害者を殺したのは何でしょう?」
「え? その凶器じゃないんですか? それとも加害者って事ですか?」

 質問の意図がイマイチわからず問われている内容が掴めない。
そんな私の答えに女性は目尻を僅かに緩ませて、ゆっくりと口を開いて言葉を続ける。 艶っぽい響きで。

「貴女、可愛いわね。 とてもクライマーとは思えない」
「胸を張ってクライマーと言える程、優秀ではありませんので」

 少しムッとなって言う私に女性は満足したような笑みを一瞬だけ浮かべ、また冷たい瞳を向けてハッキリと言った。

「殺意よ」
「……」
「根源は殺意を持って相対する事。 凶器を使うも罠をしかけるも、相手に対する殺意が全てを殺すことになるの」

 女性のネガティブな発想は私には受け入れ難いモノだ。 まるで光様とは反対側から声をかけられた気がする。

「理解に苦しみますね。 仮に理解出来たとしても、私には不向きのようです」
「は、あはははは! その言葉、司令様に聞かせてあげるといいわ! どんな顔をするかしらね!」

 端正な顔立ちから想像を出来ないぐらい破顔させ、子供のように笑う。
不快だ。 ここまで神経を逆撫でされるのは初めて。 話をするのも忌々しくなってきたので、私は無言でソファーを立ち自室へと向かう。
立ちあがった私の背中に向け続けられる女性の言葉。 それに私は足を止めはしたけど、振り向く事無く背中を向けたままで聞いた。

「カタチはどうあれね、意思によって左右されるのよ。 質は人それぞれ。 良いとか悪いとかじゃないわ、確固たる信念を持って戦いなさい」
「御忠告、痛み入ります」
「じゃあ頑張りなさいな。 忠告したのは私の善意よ。 恐い榊月司令が来る前に私は消えるから」

 そう言って女性は私より先に立ち去った。
残された私には幾つかの疑問が残された。
 女性は一体誰なのか。 何の為に私に声をかけたのか、本当に善意なのだろうか。 そして最後の言葉、司令の事を恐い人と。
だが、今はそれよりも私にとっての確固たる意思――そっちの方が頭を埋めつくしていた。









――翌日――


「で、光君どうだった? 昨日かなりボコボコにされたみたいだけど」
「葉月に貰った抱き枕のおかげでゆっくり休めたみたいですよ」
「微妙な凹凸が心地良いって言ってましたねー」

 場所は司令室。 昼食後のオペレーター達がいつもの通り、定位置についたままで賑やかに雑談をしている。 学生は学校に行っている事もあり居住区などは逆に静寂が訪れる時間でもある。
司令室や研究室はたえず人が配備されているのでこの時間も変らない。
当然雑談には司令も交えてである。

「けど、昨日思ったけど葉月の射撃って凄いのねー」
「ひなたさん、知らなかったんですか?」
「聞いてはいたけど見たのは初めてなのよ。 あれピンホールショットでしたっけ、司令?」
「……少し違うけどニュアンスは似たようなモノよ」

ビーッビーッビーッビーッ!!!

 突如鳴り響く警報、ガイストの出現察知。 瞬間、司令室に緊張感が立ちこめる。
即座にコンソールを操作、ガイストの情報がメインモニターに浮かび上がる。

「HタイプのレベルCです。 うわっ、Hタイプの中でも特に人型ですね。 せめて服を着て欲しいぐらいに」
「うーん、モロ男性型か。 モザイク入れた方が良いかしらね?」
「出撃したらモザイクなんてありませんよ! それよりも司令、出撃編成をお願いします」

 バカ言いながらも緊迫した空気。 レベルCと言えど、街はガイストに破壊され続けている。
人間大である事と大した力が無いので被害の程度は知れているが、一般の警察では成す術が無いのは明かである。

「一般クライマー6人を3人ずつ2部隊、それに葉月を後方支援につけて」
「葉月のピンボールショットで支援ですね?」
「ひなたさーん、ピンボールだとクライマー達に跳弾する事になりますよ?」
「美樹、かなりズレてきたけどひなが射撃するわけじゃないからほっといていいわ」

 微妙な苦笑いを浮かべ、倉方美樹はマイクに向けてよく通る声を響かせる。

「クライマー、出撃。 トランスポーター開きます!」









 目の前ではガイストに対しクライマーの小隊が左右、あるいは前後と移動しながら交戦している。 3人が2部隊、主に近接戦闘であり遠距離攻撃は私を含めて2人だけ。
接近戦をしているのは3人と2人。 とは言え遠距離支援の1人も然程遠くない距離からの射撃だから接近戦とあまり変らない。
 他にガイストが現れないとも限らないので、私は更に距離をとって支援。 接近戦で切りつけたプレードが弾かれ、反撃されそうな時に敵の武器を弾いたり足場狙ったりする。
頭とかを狙わないのは手を抜いている訳では無い。 敵が予想外に固い皮膚を持っており、こちらの射撃が弾かれたから。
 私が援護射撃を行うタイミングを前衛のクライマーも覚えたのか、徐々にではあるが互いにフォローしながら攻撃の間隔を詰めてきている。

「司令、みんな戦闘らしくなってきていますね」
「そうね、葉月の援護もあるけど光君に頼ってばかりの現状には色々と考える事もあるんじゃない?」
「以前のようなキャーキャーって感じじゃなくなりましたよね」

 司令室の会話がインカムから聞こえてくる。 光様がTERAに来たときは私もそんな感じで戦い方なんて全く知らなかった。 知る筈もなかった。
戦う事に抵抗があっても皆の心が一丸となれば被害規模は小さく済むし、私達クライマーも無事で済む。
 トップクライマー達の戦闘は日々激化しており悠長な事は言っていられない現状であり、私たち一般クライマーは戦闘について行くことすら出来ない。
だからこそ頑張らなければ、トップクライマーの負担を軽減するなんて不可能。 ましてや、光様の負担を考えると私達なんて……
 昨日の女性の言葉が頭を過る。 私の意思。 トップクライマーには友人である紅梨も含まれているが、何よりも大きな存在と言えば――



「……動きが鈍くなってきた。 射線上を空けるように指示願います」
「OK! みんな聞こえた? 葉月からのラインを確保、足止めするように一気に間合いを詰めて。 一人で間合いに踏み込まないようにね!」

 前衛がほぼ乱戦状態になる。 敵は大振りになりお互いの援護もあるから複数で仕掛ける限り敵の攻撃が当たるモノではない。
私から一直線のラインが確保され、尚且つ敵が背を向けるチャンス! 人型のガイストの皮膚が一番弱そうなトコに狙いをあわせ一気に連射!

キュドドドドドドドドッ!

 後ろを向いた男性型ガイスト。 その股から見えるぶら下がったトコ。 見るからに弱点っぽいソコを狙っての攻撃。

ゴスゴスゴスゴスゴスッ!

 とても痛そうな打撃音。 炸裂音じゃなく打撃音って事はソコもそれなりの強度があったって事みたい。
だけど、一撃で潰れてくれない事により更なる打撃が続き、哀れにも連続で私の攻撃が直撃した。
股間をおさえて蹲るガイストを前にして、現場の前衛クライマーの声がインカムを通して聞こえてくる。

「うわ、ひっどーい」
「痛そー」
「あたし、女で良かったー」

等と言っているが、顔は笑いを堪えている。
ついでに司令室の声も。

「やったじゃない、葉月! 流石はキンボールショットね!」
「金ボールって……司令?」
「ひな、面白く無いからレッドカードね。 美樹、殴っていいわよ」

 司令室からも打撃音が通信される。 その音は一発。 あとひなたさんの『きゅー……』って声も。
その後、前衛クライマーによる暴虐――もとい、活躍でガイストは滅ぼされ、戦闘は終了した。

「みんな、お疲れ様。 気をつけて戻ってね」
「……いけるかもしれない……」
「え? 葉月、何か言った?」
「いえ、何も。 綾城葉月、帰還します」

 呟いた私の声がオペレーターには聞こえたみたいだけど、気にはしていないみたい。
だけど、私にとって大事な事。 光様のアドバイスを少しカタチに出来た。 更に磨きをかける必要はあるけれど、先が徐々に見えてきたように感じる。





 TERAに帰ると、時すでに夕刻。 学生の面々も帰ってきていて居住区に活気が戻っていた。
帰ってきた光様が昼の戦闘の話を聞いて私達を労ってくれたりもした。
 戦闘はイヤだけど今日も無事に過ごせた。 この平穏な日々を続ける為にも、もっと頑張らなければいけない。
世界の為なんて大袈裟な事は言わない。 ただ光様の助力になり共に過ごせたらいい。 それが私の望みだから。









――後日――

「で、今までの桜菜には、お姉さまへの愛が足りなかった事に気付いたんです!」
「もう十分だよ! そんなの煌羅だけでお釣りがくるんだから!」
「嫌がるお姉ちゃんを追いかけるのは、愛じゃなくて欲望じゃないの?」
「うるさいわね! 男にキスするようなヤツの偽者の愛とは質が違うのよ!」

 どうやら桜菜ちゃんも私と同じ様に自分なりの答えを見つけたみたい。 私には真似出来ない愛のカタチだけど。
でも第三者から見れば、やっている事はいつもと変らない。

「一人でネチネチとやってるヤツに言われたくないわよ!」
「紅梨お姉さまだけでいいの! 煌羅は邪魔だからどっか行きなさい!」
「な、何よ偉そうに! この真性レズがぁぁぁぁ!」
「半端なあんたは真田光と二人で乳繰り合ってればいいでしょ、仮性レズ!」
「……頑張って観家桜菜。 あんたが頑張ればライバルが減って私が助かる。 ついでに煌羅もあげる」
「何勝手に応援してんのよ! 羞恥心ゼロの能面ストーカーのくせにぃぃぃぃっ!」

 そんなやり取りを遠目に見ながら朝食を食べていた。 今日は専属メイドは同席していないし紅梨たちもお祭り騒ぎだから、その隙に光様の隣りを確保する。

「葉月さんにもらった抱き枕、寝心地が良くて助かりますよ」
「うふふ。 使って頂けて光栄です、光様」
「けど、不思議と同じ夢を見るんだよなー」
「夢……ですか?」
「ああ、何だかあのスポン……いや、何でもないです。 とにかく重宝してるんだ、ありがとう」

 顔を赤らめながら、そう仰ってくださる光様は知らない。 カバーを外した中身を。
あの専属メイドに見つかったら部屋が血の海に染まる事は必至。 そうなったら私は光様にお仕置きをして頂けるのでしょうか……
 いつか光様も知る事になるでしょう。 葉月、1/1スケール。 スリーサイズまで正確に再現した私の分身(ぬいぐるみ)が内包された抱き枕の正体を。















――うそっぱち予告――


「ブレードユニットより銃の方が貴女に向いてるでしょ?」
「でも沙耶香さん、コレいつも私が使っている普通の銃ですけど?」
「銃じゃなくて弾に仕掛けがあるのよ。 あくまで護身用だけどね」



「射撃止め! 桜菜今よ、おもいきり突撃しなさい! 敵が散開したところを他のみんなで個別撃破!」
「私だって、私だってお姉さまみたいに! こぉんのぉぉぉぉーっ!」



「甲殻が厚すぎる! もう弾幕が破られます!」
「敵一体討ち漏らしました! 包囲網を突破して後方部隊に向かってます!」
「支援部隊、敵が突っ込んで来るわ!」



「葉月! 下がって、近すぎる!」
「至近距離なら敵の装甲も破れます」
「だめ! 危険よ!」
「この身を光様以外に触れられるのはお断りなんです。 ですから……」
「直撃する!? 葉月ぃーっ!」



次回投稿未定
綾城葉月、応援作品第二弾
『弾丸の咆哮』



「殺してあげます、ガイスト――」







 あとがき



 さて、今回は久しぶりにSSを書かせて頂きました。 久しぶりに物語を考えるってのはとても楽しく、そしてざまざまな発見にワクワクします。
此度の葉月さんSS、始めに抱き枕の事が頭に浮かび、他の出来事…… 葉月さんの周囲にありそうな事を幾つか想定してみました。 そうしたら結構繋がったのですよ。
 水夢氏が常に言い続けている『葉月は脇役、メイン以上には目立たせない』との言葉。 葉月さんの趣味、環境、そして戦い方。
お風呂の辺りはサラサラ書けたのですが、伸び悩む辺りは結構考えました。 メイン以上に目立たせない条件で苦悩させるわけですから。
一人で思いこむのもダラダラとなりそうだったので、灯子さんに出てきて頂きました。 名前は出していませんけど、SHINEファンの方ならすぐにおわかりだと思います。
自分で考える範囲では結論は出ていても中々それを選択できないって状況、結構ありますよね実生活にでも。 そういった時に他者からの言葉は後に行動する為のきっかけにも成り得ると。
その方向性がどうなるかは定かではありませんが、選択をしなければ前に進めないわけです。 言葉にするのは簡単なのですが、自分が陥ったらそうはいかないものなんですよねー。

 結果的に作品を読んで頂きまして、どのように思われたかは僕にはわかりません。 大きな展開も明確な結末も用意しませんでした。 もしかしたら『これ、結局何だったの?』といわれるかも。
それもその筈。 SHINEが連載途中の作品であり、本作品においても現在(多少の時期の前後はありますが)を描いています。 こりゃ結末なんて用意できませんわ(笑)
寧ろ、用意していないからこその二次創作となりえたのかなと思います。
 本作品の時期としましては、葉月さんが擬似フィニッシュクライムのラビッドガンスタッブを形にする前。
技を磨く時には単に修練のみだと成長の壁にぶち当たります。 葉月さんの場合、射撃の技術とクライムの原動力との噛み合わせで単なる狙撃から昇華させる辺りを書いています。
その頃は観家桜菜もブレードユニットプログレスが配備されているだろうから、匂わせる程度にチラっと書いています。 彼女もキャラとして魅力がかなり大きいんですよねw
そして本編ではあまり描かれないキャラだからこそ、二次創作として物語に夢が膨らむと思います。
実は、うそっぱち予告だけならあと二つネタがありました。 第三弾、『恋のメイド VS 愛の奴隷?』 タイトルからしてアホっぽいですね。 第四弾、『背徳の狙撃手』 ものすごくシビアになりそうです。
どちらも話は考えていますが、何故か文章には出来ていなかったりします。 もっと真面目に国語の勉強をしておけばよかった……
 ああ、そういえば玲依も面白いキャラですよね。 『触覚魔人降臨!』とかで一般クライマーの頭を鷲掴みにしてガイストを殴る。 これなら攻撃も当たるでしょう。 第三弾と合わせる事も出来そうですね。
 実際にやったらヒロインルートから完全に外れますけどね。 こんな感じで色々と考えたりします。

 ちょっと真面目に後書きしてみたので面白く無いかもしれませんが、今回の作品はかなり真面目に考えていたのでそれなりの後書きにしました。
僕的な望みとしましてパラレルではなく『描かれていなかった場面』として書いたつもりですので、SHINEの本編と同様に感じて頂ければ本望です。
 皆様がどのように感じられたかはさておいて、皆様のSHINEの世界も僕と同様に拝見させて頂きたく思います。
SHINE本編もACT100を迎えました。 きっかけとしては良い機会だと思いますので、それぞれの世界を描いて集まってみましょう!

最後になりましたが、イラスト協力をしてくださった『おきあゆ』さんに心より感謝致します。 っちゅーても身内なんですけどねぇ(笑)
僕は全く絵を書けませんので。
 書いてもらった絵は手書きオンリー。 味の残す為にCGによる修正は一切しておりません。
色鉛筆での色塗りは如何でしたか?

 ではまたお会いしましょう。


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