正直、TERA内部において上層部への不信感は強い。
 無理は無い。
 大抵「上からのお達し」という奴は無理難題である上に、日本人という民族には江戸時代より連綿と
 受け継がれている「お上蔑視」という文化がある。
 これは、「上の奴らは威張っているが何もしない。」「奴らを食わせてやってるのは私達」という農民 
 根性が、米が税金にシフトしただけでなんら変わっていない観がある。
 加えて、実戦部隊であるから戦っているのは私達、という気概がある。
 それが悪いものとは私は考えない、が―――

 青年がそこまでノートパソコンの『忘備録』フォルダにキーボードで打ち付けると、
 ヘリコプターのドアが開き、彼に声がかかった。

「室長、到着しました。 ―――TERAです」













SHINE外伝 『組織破壊者(organization breaker)』















「財務省大臣官房・首席監察官兼人事企画室長、三条公人です」
「…長い役職名ね TERAの司令官、榊月明美です、よろしく」
 一応、上を腐す事を忘れないあたりに公人は苦笑する。
「TERAを正式に呼べば貴女の役職名も長くなりますよ」
 公人自身、何故かは知らなかったが財務省のトップ達は明美を刺激するなとやかましい。
 しかし彼にはこれといって弱みは無い。
 上に登る為に同僚の失敗や弱点を巧みに突いてはきたが自分のそれを見破られる事もなかったし
 自身の仕事の腕と実績はその地位を十全に保障してくれた。
 で、ある以上今回の仕事にも手を抜くつもりは無い。
「正式名称では呼びにくければ室長、とでもお呼びください」
「で、室長さんの今回の監察のご目的は?」
「予算の運用の調査です。 尚この件は…」
「はいはい、極秘なんでしょう?」
 さもつまらなそうに言われると流石に辟易する。
 しかし若づくりな女性である。
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
人物報告
司令官・榊月明美
 一見すると17,8といった容貌で上層部及び各国家機関に対する不信感が強い。
 司令官としての戦略・戦術能力は皆無。
 しかし、皇閃華の出撃等の重要局面における指示に実績有。
 果たしてこの女性をいつまでも司令職につけていてもいいのか疑問である。
 支給金の使徒はほぼファッション・書籍・エンターテイメント等に限定され、
 不審な点はない。
 問題としては彼女自身が…
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 コンピューター・ルームで過去の戦闘データを洗いつつレポートを作成していると、
 急に後ろのドアが開いた。
 そしてすぐに閉まった。
「?」
 公人は立ち上がると廊下に出る。 誰もいない。
 戻るふりをして急に逆方向を向く。 小さな影。
 実に小さな少女だった。
「あぁ、上科蛍さん…だね?」
「そうですけど…あ、明美さん」
 後ろから明美が現れる。
 基地内で彼女は神出鬼没だ。
「あ、蛍ちゃん、気にしなくていいわよ」
 どうやら疑われるのは避けられたらしい。
「この人、ただのストーカーだから」

 間。

 そして、まともに少女の顔が引きつる。
「…榊月司令」
 いくらなんでもひどすぎる説明を受けたので、どうしてくれようとばかりに公人の声にもドスが効く。
「ふぇ…誰のストーカーさんですか?」
「…だから違いますって」
「…そうね」
 明美の声が冷たく響いた。
「私も聞きたいわ…じゃあ何をしにきたの、『組織破壊者』さん」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
三条公人(みじょう きみひと)
 29歳
 東大法学部卒。国家公務員試験第一種合格後、財務省に就職。
 現在、財務省大臣官房・首席監察官兼人事企画室長。
 多くの予算を必要とした組織の怠慢や不要性を指摘、一方的に予算を打ち切った後に
 膨大な過去の横領の証拠をマスコミにリーク。
 一時、国民からの支持は厚いが、省内では冷や飯という状況にいた。
 しかし、大衆迎合による高支持率をもって組閣された現内閣の人気取りの為に現職に抜擢される。
 現在、潰した組織の数は20を越え、懲戒免職・リストラにされた人間は数千とも言われる。
 一方で、浮かせた予算は兆に登るとも言われ、評価が別れる人物である。
 通称『組織破壊者』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「おや、私をご存知でしたか」
「知ってるわよ、今の内閣組閣のときにワイドショーでよく貴方の顔見かけたわ」
 明美がコンピューターを操作すると、次々に画面に彼の経歴が表示される。
「まさか…TERAを…?」
 不安そうに呟く蛍を見て、公人は微笑を浮かべた。
「…まさか。 それは心配しすぎというものですよ、お嬢さん。」
「どうかしらね、TERAを良く思ってない人間は腐るほどいるわ」
 例えば、TERAを潰して、クライマーと科学部のみを政府直轄にすればどうか、
 とはよく挙がる案だ。
「でしたら、聖園 亜輝を使ってもいい。 私はTERAの取り潰しなど考えていませんよ」
「じゃあ、何をしに来たと言うの? 
首席監察官ともあろう者がわざわざ別組織の予算運営を調べるほど財務省は暇なのかしら」
「――――先日の、国連特殊部隊」
「…あぁ、なるほどね…」
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
国連特殊部隊
 TERA創設から少し後、TERAに頼らずともガイストを倒そうと
意気揚々と上層部が結成したが、一般クライマーですら倒せる雑魚ガイストに壊滅させられ
今ではただの上層部の護衛として肩身の狭い思いをしている。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「――――そして、国連上層部」
「!?」
「実のところ、あの連中がTERAの上にいるだけで予算が無駄に使われているのです。
横領の疑いさえある。」
 それを理由として上層部と周辺を潰し、TERAを完全な独立機関と為す。
 それでどれだけの効率が上がるか、想像もつかない。
 クライマー達の精神にもいいだろう、クライムは感情にも起因するという。
「…そういう訳です、ご協力願えませんか?」
「いいわよ、でも、悪いけど亜輝で調べさせてもらうわ、念のため。」
「どうぞ」

 亜輝の精神読解を受けた後、公人は別室に通された。
 マスタークライマー・真田光を始め、全クライマーが集まっていた。
「初めまして、三条といいます」
「三条君はね、お偉方の中では珍しく話がわかるタイプなの。 協力してあげて」
 光は実に意外であった。
 下ネタと反抗心が服を着て歩いているようなアホ司令が
 あろう事か政府高官に協力しろというのだ。
 ひょっとして婚期をあせってるんだろうか、とまで考えたが理由を聞いて彼も共感した。
「あんた、話がわかるんすね」
「面倒な事じゃないでしょうねー?」
「いえ、簡単な事です。」
 彼ら、殊に上位四名のクライマーに支給される給料は膨大だ。
 と、同時にファジーだ。
 大体毎月これぐらい使用してもいい、という許可がくるだけなのだ。
 となるといくら下ろして何に使っているか、までは把握できない。
「そこで、今回の給料日以降数日間に、細かく下ろしてもらいたいのです。 各自記録しつつ。
相手がさもその合間を縫って横領しやすいように」
 勿論、上限額以上の予算が請求されていればその時点で検挙できる。
 それに、過去の支給票もあればよりやりやすいので探しておいて欲しいとの事。
「国連の犯罪でも、ここ日本での横領は日本の警察と財務省で何とかなる。
本来、私は今日下調べで来たのですが…」
「私に吐かされちゃった、ってわけなのよ♪」
 公人は急に場の温度が下がったような気がした。
「ンなんて事すんですかこのクソ司令ーーー!」
「予算が減って私達まで減給されたら司令の給料と、司令の宿舎にあるもの全部質に出して補填しますからねっ!」
「すみません、三条さんにまでこんな事をーー」
 クライマー達もなんとなく、公人に親しみを感じたようだった。
 騒がしかったが。

 明美の許可を得て、公人はTERAの内部を闊歩する。
 正直、あまり意味が感じられない訓練施設と訓練生に溜息が出た。
 真田光、南野紅梨・煌羅、皇閃華…この四名でほとんど事足りるのではなかろうか。
 過去の戦闘データを洗うに、真田光は積極的に先陣を切っている。
 そのプライベートを投げ打つまでの使命感には頭が下がる思いだ。
 かといって一度出現したガイストに対する露払いの為に大量の人員を確保しておく意味はあるのか。
 次いで、真田光が彼女ら一般クライマーの教示に裂いている時間を彼の休息にまわせれば…
 むしろ南野煌羅の出撃頻度を増やせば十分にカバーできそうで…
「報告、すべきなんだろうな…」
 彼女らに支給されているのは税金、すなわち国民の納めた血税である。
 無駄は可能な限り排除すべきだ。
 公人はこれまでその姿勢を貫いてきた。
 しかし。 しかし、だ…
「あっ、あのっ、三条室長!」
 急に公人の視界に少女が現われた。
 一般クライマーの少女だ。
 明美に紹介されたが名前までは覚えていない。
「はい?」
「そ、その、これです。 先月と先々月の明細書財布に入ってたんです!」
「あぁ、ご協力に感謝します」
 一礼するが、公人は直接持ってこられても、と辟易した。
 明細の伝票処理などはノンキャリの仕事である。
 スキャナで取り込んで、それを財務省の監査チームが解析するのである。
 とりあえず後で随員に渡そうとポケットに入れた。
 ふと気付くとまだその少女はいた。
「…どうしました?」
「その、私達、もう少しお給料少なくても大丈夫ですよ?」
 意外であった。
 既得権益を持っている人間というのは、公人の経験上意地でも手放そうとしないものである。
「その、あまり私達戦力として役にたってる、って自覚ありませんし
…それなのにお給料すごくよくして頂いてて…こんな事いうと他の娘に怒られてしまうかもしれませんけれど…
でも…」
 少女、といえるであろうその体で戦いながら。
 大の大人が無力である敵と戦い、汚職と権力闘争の種にされながらまだそんな事が言えるのか。
「貴女方はそれに見合うだけの事をしてくださっていますよ。
いつガイストと集団戦になるかわかりません、腕を磨いていてください。」
 公人は心からの一礼をすると、踵を返して仕事に取り掛かることにした。



「ここには、腐った組織もなければ腐った人間もいない、か。…正直、自分の汚さが嫌になるな」



 検挙は予想外に巧くいった。
 後は芋蔓式に検挙者を挙げ、それを理由に上層部を潰すだけである。
 …時間はかかりそうだが。

 その日も、ガイストは出現していた。
「ガイストを全部叩き潰すまでにおわるのかしらね、上層部の撤廃」
 司令室で、明美と公人はスクリーンに写る激闘を見つめつつ会話していた。
「わかりません。 終わらせたいと思っていますが…」
 国連の組織は日本の官僚には潰せない。
 総会によって設立された機関は総会でしか潰せないだろう。
 緊急総会を開く予定だが、横領で覚えがある国は渋るかもしれない。
「ねぇ、もっと権力が欲しい?」
 それは唐突な問いかけだったが、公人にはすぐにその意味が知れた。
「そうですね、身に過ぎない程度なら、幾らあっても足りないかもしれません」
「…じゃあもう一つ。 ガイストが滅んだらTERAも潰す気?」
「しばらくは、設置しておく必要があるでしょうね」
 それ以上はお互い言わなかった。
 レイブリンガーが、ガイストを切り裂いたのだ。

 
 その剣の美しさは、例えようもなかった。


「おつかれーっす」
 真田光は帰還し、シャワーを浴びてから着替えて居住区に戻ると、
 立っている人物を見かけて手を振った。
「御苦労様でした」
 公人は深々と一礼する。
 光は「お偉いさん」に頭をさげられ、やや慌てた。
「いや、気にしなくていいですから、仕事ですし」
「ご協力ありがとうございました。 お陰で緊急総会までは漕ぎ着けられそうです」
「そうすか」
 複雑そうな表情を光は浮かべた。
「お礼と言っては何ですが、貴方の出席日数が少なくても追試と補修で何とかするよう、
文部科学省の知り合いを通して翔盟高校に言っておきました」
 本来、光がクライマーである事はバレバレなので翔盟高校としては
 可能な限り便宜を図っているのだが、両者ともに知らない。
「マ、マジ!? それ助かる! …って、あ…」
 ふと言動に気付いて口に手を当てるが流石に遅い。
「あぁ、言葉づかいなど気にされなくてもいいですよ?」
「でも、お偉いさんなのにさ…」
「偉さでいえば貴方の方が上です」
「…ホント、話わかるんだな」
「…半年前、あの事件の直後は自衛隊に予算を回すことからかな、と考えました。
しかし武器は効かないと言う。
特殊な力がある以外はなんら普通の少年少女に戦わせるしかないと言う。
恥じ入るべきですよ、大人は。
…私は自分に力がないのが憎い。 しかし…」
「やれることをやってるからいいんじゃないの?」

「貴方にそういっていただけると助かりますね、これが私の戦いなんですよ」

「前の敵は俺に任せて、後ろの卑怯者を叩いてくれな、三条さん」
「ええ、お気をつけて、真田さん」


 TERAのヘリポートへの通路には明美がいた。
「―――三条室長」
「はい?」

「急いで。 緊急総会での貴方の功績を使って貴方を閣僚に推薦するから」

「!?」
「ガイストが滅んでからじゃ遅いの
―――人間がどれだけ腐りきれるか、その集合体を潰してきた貴方ならわかるでしょう?」
「…ええ」
「光君達をお願い」
「わかりました。
本当は全部終わったら彼が世界の指導者になるのが一番いいと私は思うのですがね」
「随分突飛な案ね?」
「世界を救った、という『看板』もありますし何よりデータを見るに実力で世界を征服できるでしょうから」
 半分本気のようだった。
「あはは、それ面白いかもねー
私もその時は彼のハーレムに入れてもらえるかしら?」
「いつか、彼の宮殿でお会いできるといいですね」
「想像上でしか存在しえない宮殿より、貴方が首相官邸に『旧・TERA一同様』で招待してくれる方が嬉しいわね」
 明美がふと真面目な顔をして手を差し出す。
「努力しましょう」
 握手が交わされた。






 
「ふふっ、私もどこまでノリがいいのかしら…どうしようもないわね」

 プライベートルームの洗面台で、手を洗いながら明美は自嘲した。
 彼が頂点に立つかはわからない。
 しかし、招待されたところで自分が行かないのは確かだった。

「羨ましいわ、公人君。 私より年上のくせに、まだ理想を追えるのね。」

 乾いた声が部屋に響くと、コーヒーカップに縦横無尽のひびが入り、消えた。
 
                                               
                                               








終わり



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