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オリジナル小説 -SHINE-




友美と詩奈の夏休み



「お待たせ、詩奈」
「遅いよー、もう、あたし一人で立ってると2秒に1回ナンパされるんだからあんま待たせないでよー」
「そうね、詩奈はやればできる子だものね」
「何その優しい笑顔!?」
 午前中で部活が終わった友美が詩奈と合流する。
 詩奈も、中高等部両方合わせて部員数五人という凄絶な悲しさを誇る、電化製品研究同好会からの帰りだった。
 今日の議題は、デパートや量販店において店員に疎まれずに試用マッサージ機コーナーのリピーターになる最良の方法だった。
 家まで手を引いて帰って、親御さんに早急の家族会議を促したくなるほどどうでもいい研究会である。
 
 二人が校門に差し掛かったところで、1塁2塁間を鋭く刺すランナーのような勢いで男子生徒が横ッ飛びしてきた。
「え、え、え、え、え、え、エエ円条さん! ………………………………その、ええと! きょ、今日も素敵な胸ですね!!」
「……は?」
 じりじりと太陽が照らす。今日も暑くなりそうだ。
 みーんみーんと蝉の声も遠くに、3人の時間が僅かに止まる。
「……あ、いや! う、うわああああああ、しまったああああああああああああ! 緊張しすぎて深層意識が出しゃばったああああああああああああああああああああああああああああ」
 どうやら告白しようとして失敗したらしい。ほろ苦い青春の一幕だ。
「さよなら」
「ま、待ってください! ええと! 『あなたが巨乳じゃなくても愛しています!!』」
「そろそろ警察呼びますけど」
「あ、あれえ!? この台詞なら絶対いけると思ったのにーーーーー!! すいません、女の人に告白するの初めてだったんです! たどたどしいですけど許してください!!」
 魂を揺さぶる渾身のヘッドバンキングで土下座謝罪を繰り返す男子生徒。夏の男だ。
「いやそれで情状酌量できるような失敗じゃなかったでしょう!?」
「うわあああああん初恋が無惨に散ったせいで僕はひどい生涯を送るんだあああああああ一生円条さんの胸を脳裏に焼き付けて余生を終えますううううううううううううううううううう」
「何その呪詛!?」
 今度は3塁からホームへ、背後に返球の気配を感じながら死に物狂いで走る球児のような逃走を見せる男子生徒。夏の男だ。
 ……こんな普通の人間が見たら固まってしまうような光景も、友美にとってはよくある事だった。もちろん、まばらに歩いていく生徒達も気に留める様子はない。
 一人の男が校内外で次々と美少女達に言い寄られる光景が日常化している高校。うち一人は普通の人間なのに超人的な力を持つ触角少女だ。
 翔盟の生徒達は耐性がついているのだった。

「あーあー、暇だなー。せーっかく高校3年生の夏休みなのにさー。よーいちは部活で忙しいし、光君だけじゃなく、最近は玲衣もすっかりTERAにかかりっきりだもんねー」
 二人での下校中、詩奈が制服の胸元を抓んでぱたぱたと仰いでいる。第4ボタンまで外しても大丈夫な詩奈だけに、色気恋しい光景だった。
「この前みんなで海行ったばっかりじゃない。……でも何か、高3のこの時期にこんな余裕でいるなんて、全国の受験生に恨まれそうね」
「エスカレーター学生だって世の中にはいくらでもいるでしょー」
「まあ、光君達が頑張ってくれてるおかげでこうして平和に夏休みを過ごせてるんだもの、感謝しないとね」
「玲衣は逆にその足引っ張ってるっぽいけどね」
 はー、と二人揃ってため息をつく。
 最近玲衣の暴走は歯止めがきかなくなってきている。かなり初期から外れていたリミッターが外れた上でなお進化しているような。
 一方、学園祭で行われる正式なものではないが、学期の度に男子間で秘密裏に投票が行われている校内美少女投票で、何と今学期玲衣は3学年統一で1位だったらしい。友美が3位、転校生である亜輝が急上昇の5位。詩奈は16位だったらしいが本人は知らない。ちなみに閃華も4位にランクインしている。真田光がどれだけ幸せか物語る結果だ。
 だがそんな1位の玲衣は男子の期待を裏切っているのか答えているのか、人目もはばからず光をぶっ飛ばしまくっている。
 見た目が美少女とはいえ行動は野獣そのものである。何故1位なのか。自分も殴られたいという期待票でも集まったのだろうか。
 余談だが、美少女投票なのに陽一が12位だったそうだ。……彼女よりも上位の彼氏。ばれていないとはいえ、今後の恋人関係が懸念される。

「友美は夏休みなのに部活あんまやってないね。去年はすごい気合い入ってなかった? 朝来て夜帰ったりザラだったじゃん」
「ちゃんとやってるわよ、でも、他の部活に比べて練習量は少ないわね。去年もほとんど自主トレだったからあんなに遅かったのよ。ほら、インターハイも逃しちゃったしね、今年は」
 部の練習自体は今日も午前中だけで終わっていた。力が入っているとは言い難い。
「去年は出てたのに、何でだろーねー。タイム落ちたの?」
「そうね、去年がピークだったのかな、今年は練習もあんまり身に入らなかった気がするし」
 それ以上友美が何も言わなくても、詩奈は気付いた。というよりも、練習に打ち込めるような状況でなかったのは当然だ。
 先月はガイストに殺されかける目にも遭ったのだ。
「悪いとは思ってるのよ、さっきも言ったけど、せっかく光君達が守ってくれる世界だもの……日常を日常としてちゃんと過ごさなきゃ、バチが当たると思うわ」
「ま……ね。よーいちはそれなりに集中してるよね、やっぱ男の子だからなかあ」
「そうでもないわよ、他の部も結構落ちてたりするみたい、平均が(・・・)
 実は、二人の話は、何もいち生徒、いち学校レベルという小さなな規模の悩みではなかった。
 世界の情勢が不安定になればさまざまな事象に進長退短が起こってくる。
 団体や企業レベルでの増進は大なり小なりあれ、かえってこういう状況下での方が好転するものだ。
 特に科学技術の進歩はめざましい。戦時中でこそ格段に兵器の進歩があるように。
 反面、個人レベルでの活動はジャンルを問わずいびつに綻びが見えてきていた。
 今の友美のような、個人スポーツがその最たるものだろう。
 今を輝ければ、と声高に語れればそれは美談だろう。だが実力のある者になるほど、今だけを見て打ち込むのは難しい。
 人知れず山奥で修行をするわけではあるまい、スポーツをするなら自分以外の環境もまた活動に関わってくる。
 すぐに結果の出るものではない。10の努力が10の結果に反映される世界でもない。砂を抓むような日々の積み重ね、錬磨がその通り砂を積み上げるような途方の無さで実を結んでいくのだ。
 そんな誰もが当たり前のように受け止めることが、明日も知れぬ不安定な世界下では心持ちに陰りが見える。
 今、必死に努力しても、と……。
 何を馬鹿な、と自分を奮いたたせ同じように努力しようとしても、普通の人間なら誰しも疑念を抱いてしまうものだ。
 明日世界が滅ぶと知っていて、体力トレーニングをして過ごす者がいるだろうか。
 いつか訪れる寿命、それが人間としてでなく叶えるべき、叶えた夢の寿命だとしても、それに比べ歴然と脆弱な世界の終わり(じゅみょう)
 真田光という人間が間近にいる友美でさえ心のどこかで、薄細く世界の終わりを不安に思ってしまうことがある。
 ならば、それが普通の人間だったら……。
 破滅と隣り合わせの世界は、アスリートの精神を陰らせ、確実に純度の低下をもたらしていた。

「走るのが嫌いになったわけじゃないんだけど……もともとインターハイまで行ったからって、大学に行ってまで続けるつもりもなかったし、それに今は、詩奈とかみんなといる時間の方が楽しいからね。何か、3年になってすごく実感できるようになったの」
 スポーツ選手としては駄目な考え方ね、と肩を竦める。
「光君が一緒になってからだね」
「亜輝や陽一君もね」
 だが友美はこれで誇るべき事だと思う。自分の意志で打ち込んできたものだ。
 それより友人達との時間をかけがえなく思うことは、何も悪いことだとは思わない。

「……それはいいんだけど」
 十代の特権である青春を語りながらも、奇異の視線に詩奈はげんなりしていた。
 奇異ではなくどちらかといえば好意なのだが、キモい好意なので奇異(玲衣:談)だった。

 夏である。
 夏に世の男が女性の何を見るか。言うまでもなく服の薄さである。
 彼女のいる無しも関係ないだろう、日本中が薄着の女性で溢れるこの季節こそが、男にとって生涯の青春だった。暑いけど熱いぜ、と思春期の男の子達は言う。
 そこで夏服の友美である。
 ノンスリーブ、タンクトップ、キャミソール、夏着は数あれど、女子高生の制服の夏服こそが最強(翔盟高校校長:談、談後男子学生号泣拍手喝采)なのだ。翔盟はそのせいで部活登校でも制服の着用を義務づけられている。
 だから夏服の友美である。翔盟は何と女子の制服が3種類ある。秋・冬は兼用だが、指定のカーディガンやコートもあるため実質フォーシーズン全て衣替えするようなものだ。
 春服で既に半袖なのだが、夏服はリボンの大きさやラインの色が変わっただけと見せかけて生地も薄くなっている。なぜならば夏だからだ。
 そういう通気性の確保(注:言い訳)に余念がない反面、翔盟の制服の特徴であるセーラーの長さは変わらない。背中にマントを羽織っているような暑さは変わらないが、これもセーラーの生地を薄くすることで回避していた。もちろんそれも言い訳だが、男子はみなそんなこざかしい言い訳が大好きだ。
 セーラーの薄さのおかげで、下着の線が透けるという風鈴の音にも似た風物詩が阻害されることもない。まさに学園理念の体現である。

「…………」
 詩奈の憂鬱の原因はもちろん、隣を歩く友美だ。
 夏に彼女が歩くだけで街は絨毯爆撃を受けるに等しい。
 彼女を目の当たりにする事に比べれば、真っ昼間から戦車が公道を走っていても「ちゃんと駐車場に止めてくださいよ」と他愛のない会話で済ませられるだろう。
 歩くだけでシャツの前のボタンが弾け飛びそうだった。ギリギリで耐えている。むしろその第一~第三ボタンに、何故そこまでの力を!? 何故諦めない!? と、光に倒された悪党達が言うような台詞を思わず浴びせかけたくなるほどだ。
 あと一息なのになあ、だがそのあと一息がいい。すれ違う男達の思考は嫌すぎるシンクロを果たしていた。
「さっきからすれ違う奴すれ違う奴みんな友美の事ガン見してくんだけど」
 ガン見というより凝視。妖かしの魔女に魂を奪われた哀れな獲物の(てい)だった。
「今さらじゃない……」
「くわー、慣れてんのがムカつくぅー」
 だが本当に今さら中の今さらだった。
 もはや友美にとって自分の胸を注目されることは、空気を吸うほど当たり前の日常だった。できれば非日常になって欲しい。
 先の電化製品研究会の議題で言えば、客が友美ならむしろ、店員がこのマッサージ機あげますから毎日来てくださいそして私達の前でマッサージ機に座ってくださいマッサージされてくださいと懇願しても不思議ではない。あまり凝ってなくても全身が揺れるであろう中~強でお願いします。
 
 幸いなのは、光と連んでいる事が知れ渡っているため、地元の人間はほとんど友美に声をかけることは無くなったという事だ。
 ヤクザの女に手を出すよりタチが悪い。よほどの馬鹿か自分のしている事はいい事だと勘違いしている系の馬鹿でない限り、コナをかけようとはしない。遠巻きに見ているのが関の山だ。
 言い返せばそれは幸いなのか、不幸なのか。安全は保証されたが、詩奈のような事例でもない限り男が寄ってくる事自体ほとんどなくなってしまった。友美は夏でも冬のままだった。

「で、今日は光君大丈夫だって?」
「玲衣は何か仕事があるらしいんだけど光君は大丈夫なんだってー」
「……光君の方が1200倍は忙しいでしょうに、何か気が引けるわね」
「そこであたし達が気ぃー使ったらかえって悪いって。せっかく時間作ってくれてるんだし気にしないで遊ぼうよ」
「あんたも作ってくれてる、って言ってるじゃない」
 苦笑する友美。友達、まして学生なら時間を作ってもらって遊ぶという認識ではお互いいい気はしないだろう。
「いつもどーり無理矢理引っ張ってっちゃえばいーんだって」
「それ以上にね……玲衣も、他の女の子と遊びに行くの普通に見過ごすんだもの」
「あたし達だからだよー、きっと。それとももういちいち嫉妬する気力も起きないかな」
「詩奈も、彼氏持ちのくせに男の子一人と遊びに行くなんて」
「友美も一緒だし、だいいちよーいちは光君もあたしのことも信じてくれてるもーん」
 幸せそうな詩奈の横顔に、友美は何故か目を逸らしてしまった。

 それぞれの自宅への分かれ道で、予定を確認し合う。
「じゃ、2時に改札前ね。余裕見て来てよ、また遅刻しないように」
「またやーらしい目に囲まれるのやだから、友美厚着してきてよーぉ」
「無茶言わないでよこんな暑いのに……」
 まあ光君もいるしいいか、と笑う詩奈に手を振り、別れる。
 友美の家はその分かれ道から1分もしない所にある。

 帰宅し、一言「ただいま」と告げる友美。玄関に小学生のように脱ぎ捨ててあるハイヒールを見てため息をつき、慣れた手つきで整える。
 2階の自室にスポーツバッグを置いてすぐに降り、リビングのドアを開けると、酒の匂いが充満していて思わず眉間に皺を寄せた。
「ちょっと……換気くらいしてよ、家中の空気が淀みそう」
「夜勤明けで疲れてんのよー、固いこと言わないでよぉーう」
 エアコンのきいた部屋でなお、ショーツにタンクトップというだらしのない格好でソファーに寝転がる女性。
 友美は彼女を、盤姉さんと呼んで揺り動かした。起きているようだが、起きようとする意志は全くない。
 20代後半の、色気というよりまだ可愛げの残る童顔の女性だった。
 姉妹ではあるが、友美のような天地にその存在を誇示する巨乳ではなく、むしろ歳不相応な小ぶりの胸が上下する。本当に半分寝ているようだ。
「疲れてんなら自分の部屋で寝ればいいじゃない、何で昼間っからビールなんて飲んでんのよ、うわ、こんなに空にして……」
「学生には分からないかなー、社会人の抱えるストレスがさぁー。昼だろうが朝だろうが飲まなきゃやってらんないのよ」
 んー、と伸びをして起き上がる。妹が自分が飲み散らかしたビール缶を片付けているというのに、悪びれる様子はない。彼女はこれで総合病院に勤務する看護婦だった。
「それに今日掴まえたオトコがつっまんない奴でさあ、学生のくせに変に大人ぶろうとして白けるわー、行く場所言う事全部空回って」
「……また……どうしてそう取っ替え引っ替えするのよ、いい年なんだからそろそろ落ち着いてよ!」
 それに、それは年上の女性と付き合うために一生懸命頑張ったのであろう、ひどい言われようだ。
「ちゃんと仕事はしてるんだからいいじゃない、まだまだ遊び足りないわよー、28だもん」
「”もう”! 28!! いつまで学生気分なのよほんとに!!」
「うっさいわねえ、自慢じゃないけど大学生で通るわよ、まだ」
「どこの熱心な院生よ……」
 実年齢が28なのだから本当に自慢にならない。
「そーゆーあんたは落ち着く以前の問題じゃない、何、今日も女友達とお出かけ? 枯れた青春してるね~」
 自分もそれなりに言いたい放題いっているが、さすがにカチンと来る。こうして姉とはまるで価値観が相容れないのだ。
「私は今の生活に満足しているし楽しいの。こういう事を言いたいならせめて自分の事くらい自分でやってよね」
「ふ~ん、まあ、あんたはヘタなそんじょそこらの雑魚掴まえなくても、いい男いるもんねえ」
「な!!」
 いやらしい笑みを浮かべる姉に思わず赤面する。
「あーあー、いいなあ友美は。あんないい男二人も持ってて。しかも一人は例の正義のヒーローでしょ? あたしがあんたなら絶対二人ともモノにしてやんのにさ」
「……どっちも友達のカレシよっ」
 一人はいつそうなってもおかしくない状況から奇跡的に進展が停滞している、何とも不憫な恋人予備軍なのだが。
「だってあんた、そんな胸してほったらかしなんて勿体ないじゃない。使わないんなら頂戴よぉ、それあったらもっと楽にオトコつまめるもん。……っとにあんた戦前の子ですかってぇのよ、そんな身体して貞淑ぶったって説得力無いっての」
「ほっといて!!」
 最後の缶を心なしか感情任せにくずかごに放り込む。臭わないよういちいち水でゆすいでからだ。
「今時最初の男すらじーっくり選り好みするなんてさあ。大事に処女守ってたって喜ぶのは夢見がちな童貞君だけよ? あんたも一皮むければ、姉妹話にも花が咲くと思わない? つまんないよーん」
 ……反論する気力すら失せる。
 盤の男遊びの激しさは今に始まったことではない。友美が物心ついてすぐの頃、絵本を読んでもらおうと盤の部屋に行ったら、男を連れ込んで真っ最中だった。実に盤が15歳になるかならないかの頃。その頃は意味もよく分からなかったが、脳裏に焼き付いたその映像が、意味を分かるようになった今、トラウマとして蘇るのだ。
 そして、本当に長くて1ヶ月と付き合わずに一方的に別れるため、引っ込みがつかなくなった元男に友美がとばっちりを受けることも少なくなかった。
「もう姉さんの男関係なんてどうでもいいけど、私に迷惑かけないで。姉さんにフラれた男が私に言い寄ってきたの、一度や二度じゃないんだからね!!」
「その度に正義のヒーローがやっつけてくれたんでしょ?」
「そういう問題じゃない!!」
 理不尽に別れを告げられ煮え切らない男が、待ち伏せして友美に言い寄ってきたりもしたのだ。
 かなり強行的な態度の奴もいて、それとなく駆けつけた光が追い払ってくれた。
「ホント、ヒドい目に遭う前にいい加減にしておきなさいよ。今に変な男掴んじゃって大変な事になるんだから」
「そん時はそん時。まあ、家族に迷惑はかけないようにするからさ。好きにさせてよん」
 怖いもの知らずにも限度がある。あるいはこんな危険と隣り合わせの行為さえ交際の範疇として楽しんでいるのだろうか。
「単にあんたがお固いだけよ、あんたと同い年の子なんてみーんなしてる事じゃない。こないだ翔盟の子とも遊んだよ?」
「ちょっ……やめてよ! 翔盟の子にまで手出したの!? 私の知ってる子だったらどうするのよ!!」
「あーそりゃごめんねー、クラスは違うだろうけどあんたと同学年だと思うわ」
「ふ、ふざけないでよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 また一部限定で視線の悩みの種が増えた。
「そんなの気にする必要ないじゃーん、社内恋愛できないわよそれじゃ」
「あーもう、姉さんにすっごい紹介したい人いるわよ! その人もお酒好きでそんな性格だから、気が合うんじゃない!?」
 聞く限り駄目人間の見本だが、よもやそれが世界を守る組織の司令官だとはこの姉さえ夢にも思わないだろう。
「いやぁー自分で言うのも何だけどあたしが二人いたらウザいなー」
「はいはいもういいわよ! 夜は自分で食べてね!!」
「えぇ~何か作ってよぉ~」
「カップ麺でも食べればっ!?」
「おみやげにその子らどっちか持ってきてねー」
「馬鹿!!」
 これ見よがしにリビングのドアを乱暴に閉め、友美は脱衣所に向かった。
「……やれやれ、何でだろうねえ……これはーもしかするともしかするかな……」
 起き上がり、伸びをしながら、盤はどこか嬉しそうにため息をついた。
 

「もー、友美の方が遅刻してるじゃーん」
 詫びのメールが入ったため、詩奈は駅周りをブラブラしていた。
 そこで、何かの店に入っていく、偶然見知った顔を見かける。腰まで届く長い髪をリボン型のバレッタで留めた幼女……いや少女、いややっぱり幼女、蛍だ。
「あれ」
 ジャンクショップというには不相応な、まずまず小ぎれいな店だったが、かといって一般向けのパソコンショップというわけでもなく、コアなユーザー向けのパーツ専門店のようなものらしい。
 その中で彼女は、幸せそうにパーツの一つ一つを眺めていた。しばらく観察してみる。
 むき出しのCPUを手にとり、ちょんちょんと指でつついてみたりする。つついている物を動物のキーホルダーにでも置き換えれば、写真に撮りたくなる光景だが、悲しいかな彼女が酔っているのはケーブルや半導体だ。
 しかしただずっと見ているのも何なので、詩奈は思い切って店内に足を踏み入れた。何やらパチンコ屋にでも入るような緊張を覚える。
「やっほ、蛍ちゃん」
「ふぇ…………あ、詩奈さん」
 今やそれなりの顔見知りの二人は、自然と挨拶を交わした。先週海に行ったときに坊主にされかけた因縁があるが。
「そういう部品って、発明に使うの?」
「いえ、さすがに一般流通や市販の部品ではスペックが追いつきません。この買い物は、趣味みたいなものですから。見ること、買うこと自体が楽しいんです」
「ああ、なるほどねえ」
 興味を持つものが少し世間とずれているが、本質は女の子の思考だ。それに、自分も服やアクセサリーではなく家電製品を見て回るのが好きなので、気持ちは分かる。
「にしても、パソコンはちょっと疎いんだけど、そこそこのパーツ置いてるのは分かるんだけどなあ。これでスペック不足かあ」
 店屋で売られているようなホームユーズのパソコンでは、1万台並べてみたところでTERAでの実用には耐えないということか。
「詩奈さんはどうしてここに? お買い物ですか?」
「いやいや、蛍ちゃん見かけたからたまたまね。それが、友美と待ち合わせしてたんだけど、遅れるらしくってさ。蛍ちゃんは?」
「オフだったので買い物を。お兄ちゃんと来たかったんですけど、他に用事があるらしくて」
「う」
 少し罪悪感が湧く。その用事とは自分達に付き合うことだろう。しかも、こんな小さな女の子から「オフ」という言葉が飛び出すと、やるせない気持ちになる。
「光君、あたし達と遊ぶ約束だったんだけど、蛍ちゃんも来る?」
「いえ、それでしたら私はまた今度の機会に。今日は皆さんで楽しんでください」
 できた幼女だ。ただ遠慮するだけでなく相手が気を遣わないよう自分の希望もあえて述べる。玲衣に見習わせたいと思う。ちょっと前までは玲衣に嫉妬する側に見えたが、この数ヶ月で明らかにポジションに余裕ができている気がする。
「そういえばさ、この前海行った時から気になってたんだけど、いつから光君の事お兄ちゃんって呼んでるの?」
「そ、それは……」
 詩奈は見逃さなかった。この幼な子が一瞬女の貌になったのを。
 やはり、玲衣の恋の成就は果てしなく遠そうだ。

 蛍と玲衣の対立を考えているうちに、詩奈は今し方別れた友美の事をふと思い至った。
 巷の視線を独り占め。夏の勝ち組。太陽に愛された女。
 かたや自分は、地味で特徴が無くて、胸が慎ましいという日陰の女。
 夏という漠然とした四季彩りに真顔で「失せろ」と毒づきたくなるような負け組の子。

 偶然出会ったこの少女に、ふつふつと運命のようなものを感じる。
 そう、この歳でTERAのブレインとでもいうべき天才少女と、今自分は多少くだけた相談を持ちかけられる、二人きりという立場にいるのだ。

「胸おっきくする機械作って」
「ふぇ?」
「胸おっきくする機械。蛍ちゃんなら作れるでしょ!?」

 詩奈は――――――躊躇わなかった。