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オリジナル小説 -SHINE-


 皮が剥げ落ち、筋肉が直接露出したような醜悪なフォルム。
 ガイストはいつの間にか音も無く追いついて来ていた。
 何を思うのか。その瞳にはまるで感情が無い。
 ただ恐ろしい瞳に見竦められ、紅梨は頭の中が真っ白になった。
「あ……あ…………」
「せめてキスが終わるまで待ちなさいよね……」
 震える紅梨と逆に、もう煌羅は落ち着いてしまっていた。
 諦めてしまったのだ。何もかも。
 涙を目に浮かべながら、紅梨は煌羅を突き飛ばして叫んだ。
「煌羅っ! 逃げて!! 早く!!」
「え……!?」
 ガイストを誘導するように走り出す。
「逃げなさい!!」
 二度目の言葉は、普段の紅梨からは想像もできないほど強く決意に満ちたものだった。
「や……」
 力無く首を振る。
 紅梨と一緒だからこそ平静さを保っていられた煌羅は、途端に震え、泣き叫び始めた。
「やだっ……お姉ちゃん! お姉ちゃんーーーーーーーーー!!!」
 せめて妹だけでも。
 妹が助かるなら、自分はどうなってもいい。
 安っぽい自己犠牲からではなく、紅梨は心の底からそう願った。
「こっちだよ!」
 痛みが支配する足に鞭打ち、何とか注意を引きつけようと、動きに緩急をつけて走る。
 数歩だけそれに誘導されたものの、無情にも、ガイストは歩みを止め紅梨に背を向けると、煌羅に狙いを定めた。
 腕が惷動し、禍々しい刃に変形する。
 あれでコンクリートをも砕くのを、数十分前見たばかりだ。
「駄目! こっち! 私を殺せばいいでしょうっ!!」
 どれだけ叫ぼうが、ガイストに届くはずも無い。

「いやああああああああああ!!!」
「――――――!!」
 叫んだのは煌羅だった。今日、初めて、恐怖への叫び。
 恐らくは今日も、煌羅は自分を気遣い続けていた。
 恐くて泣いてしまいたかっただろうに、気丈に、涙を隠し、背伸びし、自分を助けようと精一杯頑張っていた。
 その煌羅が、今、涙を流している。
 偽り切れない、普通の女の子としての姿を見せて。
 ふっ、と、真っ白になった頭の中が真紅に染まる。
 無意識に地を蹴ったその感触を、紅梨自身は覚えていないだろう。
 コンクリートの道路に自身の小さな足の跡を陥没(きざ)んだ事を。
 恐怖心が、その一瞬どこかに置き忘れたように消え去った。
 紅梨の中で、そう―――それは、水風船か何かのように。
 破裂し、徐々に身体に染み込んでいく。熱く、強く脈動する力が。
 一心不乱に走る。いや、疾走(はし)る。
 絶対に間に合うはずのない距離。
 それが、当たり前のように間に合ってしまった……!?
「―――――煌羅に……………………触らないでっ!!!」
 想像出来ない事だった。
 ガイストが現れてからの今日の一連の悲劇、それも十分に理解の範囲を超えた
出来事だった。もはや今、抗う事すら出来ず、煌羅は、そしてその後紅梨も
あっさりと四肢をバラバラにされ殺されるはずだった。
 だが、今、紅梨は。南野紅梨は。
 缶ジュースのプルタブも指一本ではとても開けられないほど
非力な、平凡な、か弱い少女は。
 紅い軌跡を描いた両手でガイストを突き飛ばし、数メートルも
吹き飛ばしたのだ。
 本人を含めた、誰がそんな夢幻(ゆめまぼろし)を信じられよう。
「お姉、ちゃん……?」
「え……嘘、何、これ…………」
 両の手の平を交互に見つめる。紅いオーラが燻っていた。
 両手だけではない。
 はっきりと見える。自分を取り巻く光の渦。生命の壁。
 身体が、ひどく熱いような、少しだけ冷たいような、奇妙な感覚に襲われる。
 それはバーティカルウォールと呼ばれる、クライマーの証。
 クライマーの肉体を守る、生命の鎧。
 それが、闘争本能と生存本能に呼応し、視認できるまでに顕現したものだった。
「私……」
「お姉ちゃん!」
 呆けている間に、立ち上がったガイストが再び襲い掛かってきた。
「え、きゃあああああああああ!!!」
 地面を転がってその一撃を避わす。
 振り下ろされた剣は、後ろにあった車のボンネットに深々と突き刺さった。
 火花が散り、エンジンが爆発する。
 そんな事はお構い無しに、ガイストは紅梨目掛け走ってくる。
 感情が無い……?
 違う、今このガイストは、止め処の無い怒りに支配されている――――――!!