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オリジナル小説 -SHINE- |
世界をガイストの脅威から守るための組織、TERA。 背負った使命の大きさとは裏腹に、この基地内を張り詰めた空気が支配する事は滅多に無い。 むしろ、女子高のような桃色な空気の蔓延が常だった。 ガイストが現れないか。 ガイストが暴れてはいないか。 穴が開くほど神経を研ぎ澄まして世界を監視している一方で、司令室にはいつものような会話が飛び交っていた。 「えー!? あの人とつきあい始めたの!?」 「うん、結局なんだかんだ言って気が合っちゃってさ、そのまま…………あっ、メール来た♪」 黄色い話題に花を咲かせるオペレーター達。実に平和な光景である。 世界が異形の生命体からの侵略に焦眉する中、ここにいる人間がこんな事をしているのは不謹慎かもしれないが、 それでも、不真面目と一蹴するには少しもったいない、年相応の少女たちの当たり前の日常がそこに在った。 自分たちが……光たちが守っている平和を、肌で感じているかのように。 ――――――しかし、中にはそんなやりとりが非常に面白くない人もいた。 「へー、恵子ちゃん彼氏できたんだー。ヨカッタネー。莉ちゃんもいるんだなコノヤロウ」 「ひ、ひなたさん……!?」 「はい、携帯没収」 「あー! 返してくださいよ!! 今メール来たのにー!!」 「『ちょっと期待しちゃった? カン違いもいいとこだよねー。うざっ』っと」 「勝手に返信しないでー! うわーん、今から大学行くー!!」 「フフフ、駄目よ、持ち場を離れるなんて許されませんっ。それに恵子ちゃんの受けてる科目今日は無いんでしょ」 「恋という必修科目がっ……」 「……ペッ」 唾を吐き捨てる真似をするひなた。何故学生部下の履修科目まで把握しているのか。 「ひどいー!!」 「何よその陳腐なフレーズは! ますますもって不謹慎な!!」 だが、こんな陳腐なフレーズをよく愛用しているのは、この地球を守っている少年である。 「レポートの作成があるでしょ、あなた! 今日中よ!!」 「うう〜、ここにいても大学と変わらない……」 まだ学生である自分の部下が幸せ絶頂にあるのはひなたにとって由々しき事態。 自分一人が取り残されたような孤独に耐え切れないひなたは、こうして秘密裏にカップルを修羅場に追い込んでいた。ひどければ破局も免れない。ひどい話だ。 ……少なくとも本人は秘密裏だと思っている。 「〜♪」 我関せずといった顔で携帯をいじっていたオペレーターの美樹。 スナイパーライフルのスコープで眉間に照準を合わせられたような悪寒を感じ振り返ると、音も無くひなたが近づいてきていた。 慌てて携帯を隠そうとするが、ガード不能技よろしくひなたの右腕が一閃、携帯を取り上げた。 「速ッッ!?」 「ふーん、美樹ちゃん彼氏いるんだー。イイナーイイナー」 「わー、いませんいませんいねえ!!」 「和也君っていうんだ。年下か〜学生か〜」 「見ないで下さいよ! ってか返信しないで! 和也真面目だから冗談通じないんですから!!」 しかし、名前はメール画面上部に表示されるからともかく、もう少し突っ込んだ個人情報も看破されているのは何故だろうか。 「じゃあ自重なさい!! 職務中にメールをカタカタ打ってるなんて、美樹ちゃんねえ! あなた、TERAの仕事を何だと思ってるの!! オペレーターとはいえ、私たちだって地球を守る組織の一員なのよ!! 少しでいいから仕事中は緊張感を持ってちょうだい!!」 そう言われてしまうとさすがに言い返すことはできない。 しかし、その地球を守る組織の総司令官がメインモニターで映画のDVDを見ているように見えるのは気のせいだろうか。 部下たちと胡散臭い評論に勤しんでいる。 「最近のアクションは駄目駄目ねー」 「全米No.1ヒットってキャッチフレーズもそろそろ飽きましたね」 「木星No.1ヒットとか触れ込んじゃえばいいのにねえ」 「全世界どころか月とか火星をふっつーにスルーしちゃってるのがイカしますね」 「緊張……感を……」 「ひなー、頭邪魔ー。字幕読めないじゃなーい」 お説教が尻すぼみになりそうになるが、ひなたは負けなかった。 「と、とにかく、みんな、彼氏を作るのはいいけど、公私をきっちりしてちょうだい!! 仕事場ではそういった浮ついた行動は厳禁!! 少なくても司令室にいる時くらいちゃんと仕事して!!」 意訳=耳障りだから私の前で恋人の話なんてすんな 「でも、司令が……」 司令がだらけてんだからあたしらだっていいじゃん、とはまでは言わないにしても、さすがに一番の上司があのていたらくなのに、身を粉にして働けというのも理不尽な事だ。……だが。 「総司令官がアホみたいにダラけるはずはないの。だからあれは司令じゃないの。司令はここにいないの。あなた達があの駄目大人を見本にする事は許されないの。OK?」 OK? という軽い言葉に殺すぞというルビが振ってあるように聞こえる。ひなたの目は据わっていた。 オペレーター達は文句一つ言わずに頷く。 「頑張るわねーひなー。いやいや私も安心だわー」 「殺すぞ」 ルビが言葉の支配権を握ってしまった。 咳払いをしてDVDを止める明美。 「ひなたさんも彼氏作ればいいのに……」 美樹が涙目でボソっと呟く。 「作れるもんなら作ってるわよ! あんたら全員彼氏の作り方論文形式で提出しなさい!! チェックしてあげるから!!」 「提出するレポート増えた!?」 「だいたい彼氏が出来れば勝ち組とか思ってる女はもう負けてるのよ! 仕事をしっかり出来る女が勝ちなの!!」 『そういう考えの人ってたいてい、そのうち自分こそ負け組みだっったんだって気付いてヘコんじゃうんだよなあ……』 心の中で同情する美樹。 ひなたがくどくどと年寄りくさくお説教をしていると、司令室のドアを開け蛍が入ってきた。 「司令、準備できました……」 「早かったわねー。ま、とにかくこれでなんとかなるか」 「あ、光君のバイトの話ですか? そういえばそんな事」 玲衣の執拗な詰問に進退窮まった光。頼ったのは明美やひなたより蛍が先だった。 切羽詰ったヘルプを受け、蛍は光のバイト先を偽装すべく奔走していた。なんて健気な。 まず自分を頼ってくれたという事実が何より嬉しかったのだろう。 よもやこの歳で好きな男の彼女(とはいえないが)への口裏合わせ&辻褄合わせを経験させられるなど誰が思おう。 光からメールを受けてかれこれ1時間。急ピッチで作業を進めていた蛍は、その天才的頭脳を如何なく発揮して大工職人真っ青な早業でリフォームを完了させていた。 自分なりに、納得してもらえるような店作りを心がけたつもりだ。 「蛍ちゃんはともかく、司令まで手伝うなんて珍しいですね」 「光君の秘密主義にも困ったもんだけど、いつも光君には迷惑ばっかりかけてるわけだし、たまに協力してあげてもバチは当たらないわよ」 普段から御気楽極楽に過ごしている明美だが、ことガイストが出現するまでは非常に暇を持て余している。常日頃、暇潰しになる事を求めているのだ。 ……ようするに今回の一件も暇潰しに過ぎない。 「……ま、司令室でDVD見てるよりは役に立ちますよね」 「あれぇ? 分かっちゃった?」 「でも、光君の気持ちも分かりますよ。女の子ならまだしも、男の光君がクライマーだって世間に知れたらなんて思われるか。好き……と、友達に好奇の目で見られる事を考えれば、このくらいの嘘ならいいんじゃないでしょうか。正体を明かすにしても、時期尚早だと思いますし」 蛍に気を遣ってか咄嗟に言い直す。もっとも、蛍は玲衣の事をもう……。 「まあねぇ」 明美から渡された設計図を返すと、蛍は僅かに顔を曇らせた。 「それでですね、店内の改装は完了しました。だけど、従業員さんがいません…………」 「ああ、バイト先って喫茶店か何かにしたの?」 「はい、光さんも高校生ですし、飲食店が一番誤魔化すのが簡単かと思って」 娯楽施設では半ばぶっつけ本番のこの状況ではアラが出そうだし、その他を考えていくとまだ子供の自分がいるには余計に不自然さが増すばかりだ。正論だろう。 「さすがねえ蛍ちゃん、そういう事までちゃんと考えるんだもの」 「私は、もう玲衣さん……でしたよね、あの人に光さんと同じバイト先だって、話の成り行きでそうなっちゃいましたから、行こうと思いますけど、やっぱり他にも誰かいないと不自然です」 「それじゃあ2、3人に今日だけでも手伝ってもらうように頼んだら?」 え、とさも当然のように明美は声を上げた。 「何言ってるの。私達がやるに決まってるじゃない」 「は!?」 「ウチの一番の稼ぎ頭のたっての願いですもの。”保護者”の私達が出向かなくてどうしますか」 「し、司令!! まさかここ開けて出て行く気ですか!? ……え、っていうか、”達”ってまさか……」 「もち、あんたも来るのよ、ひな」 「ちょっとーーーーーーーーーーーー!!」 さっき部下に毅然と諭したそばからこれじゃ、示しがつかなすぎて泣けるんですけど。 「私とひなと蛍ちゃんと、あと2、3人もいれば十分ね。ついて来て」 「司令室はどうするんですか!! 今ガイストが現れたら大変な事になりますよ!?」 総司令にマスターオペレーター、科学部最高責任者。 この3人が同時に抜けてTERAが機能するはずがない。いや、むしろしたらしたで問題がある。 「だーいじょうぶよ。どうせ光君の所に行くんだもん、いざとなったら彼がちゃちゃっと倒してくれるわよ」 「私達がガイストの出現をオペレーティングしないと! いざとなってからじゃ遅いんですよ!!」 「昨日倒したばっかりで出て来ないわよー。ささ、有志を募りに行きましょ―か。光君のためだって言えば、2、3人どころか百人は集まるわよ」 というわけで、基地内を歩き、一日だけの喫茶店経営に付き合ってくれる人材を探す事になった。が、これが思いのほか難航した。 皆、光のため、と一言目に言えば目を輝かせて賛同するのだが、明美同行を知ると、やれ用事を思い出しただのやれ急に生理痛がひどくなってきただのやれ喫茶店で働いちゃ駄目だとおばあちゃんの遺言だっただの適当な言い訳を並べて逃げるのだ。 「……とりあえず司令の人望の無さはよぅお〜く分かりました」 「そうよひな、これでまたお利口になったわね。どんな事にもポジティブにいかないと」 「もともと分かりきってたし今私メチャメチャネガティブなんですけどね!!」 「ひ、ひなたさん落ち着いて……」 どすどすと大股開きでこれ見よがしに歩いていたひなた。 「ひな、葉月なら喜んで手伝ってくれそうじゃない? あの子も今日大学無いでしょ」 「……あ、あの娘が来ると何かちょっと変なお店になりそうで……」 「あっははは、大丈夫よ〜」 「まあ、そうですね、司令がいる時点で既に普通の店じゃないですし」 その言葉にはあえて言い返さず、妙な含み笑いをする明美。 3人は紅梨の部屋の前で足を止める。 「仕方ない……これ以上重要人物の手を借りるのは避けたかったんだけど」 「駄目よ。お姉ちゃんは今おねむの時間なの。光なんかの用事に付き合わせないで」 一番喜んで参加してくれそうな紅梨は、怪我が癒えていない上に門番にガッチリガードされて熟睡中だった。 「まあ、イオとの戦いのダメージがひどいのは分かるけど、光君たっての頼みだし。言わなかったら紅梨、あとでしょんぼりするだろうなと思ってさ」 むっとする煌羅。そんな事ない、と反発しているからではない。確かにその通りだろうから苛立つのだ。 「じゃあ、煌羅が紅梨の代わりに手伝ってくれる?」 「じょーだんじゃないわっ!! 何で私があんな奴の尻拭いしなきゃいけないのよっ!!」 「尻拭いっていうか、今回は蛍ちゃんのポイントアップにも大きく関係してるしねぇ。いいじゃない、友情だと思って」 「し、司令!!」 慌てて明美の口を塞ごうとする蛍だが、それはもう周知の事実なので関係ない。 「はー、ほたりんはまーだあんな奴に肩入れしてんの? やめときなさいって、遊ばれるだけ遊ばれてポイされちゃうよー」 言葉の意味はよく分からないが、悪口を言われている事だけは分かった。 「むー。じゃあいいです、煌羅さんには頼みませんからっ!!」 ぷうと頬を膨らませて部屋を立ち去ろうとする蛍。その姿は妙に似合って可愛らしく、煌羅は少し生唾を飲んでしまった。 だがその時、悪魔の如き考えが煌羅の脳裏をよぎる。 「ちょっと待ってよ」 瞬時に描かれる利害図。そしてそれが自分にとって都合のいい事である事に煌羅が気付くのに、さして時間は必要なかった。 「……ほたりんが光とくっつけば、お姉ちゃんは失恋する事になるわけで、そうなると……」 幼稚園児の落書きのような姉妹が煌羅の脳内に出現する。 『ふえええええん、煌羅、光君に振られちゃったよぉ』 『まあお姉ちゃん、なんてかわいそう。さあ、涙を拭いて、私の胸で』 『私より蛍ちゃんのほうがいいって。ひどいよぉぉぉぉ』 『お姉ちゃん。お姉ちゃんには私がいるわ。あんなくされロリコン野郎は忘れて、私と永久に終わる事のない愛を築き上げましょう』 『ああっ……煌羅、ごめんね、こんなに私を愛してくれているあなたの存在に気付かなくて!!』 『いいの……。今まで私、お姉ちゃんを好きなだけで幸せだった。お姉ちゃんが私の事好きになってくれて、これ以上の幸せなんてもうないから!!』 『煌羅ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』 『お姉ちゃん…………あっ……だめ……』 ……幼稚園児の落書きが繰り広げるベッドシーンはシュールだった。 「煌羅ちゃん、私達……遠回りしちゃったね……。お姉ちゃん、恋に近道なんてないのよ……。うわっ、意外にこのセリフヒットかも!?」 くねくねと己を抱きしめながら妄想はとどまる事無く加速していく。 「あの、煌羅さん、さっきから一人で何を……」 「…………ってうわー! 聞いた!? 聞いたのね!?」 「き、聞いてませんけど……」 誰かにとてもよく似た失態を晒しながら慌てふためく煌羅。 しかし、内なる欲望を巧みにひた隠すと、硬く蛍の手を握り締める。 「ほたりん。私も協力してあげるわ」 「……えっ!? 本当ですか!?」 「ええ、健気なほたりんの恋の成就のために、一肌脱いであげる。私利私欲じゃないのよ」 「こ、恋だなんて……私、その……」 「何も隠す必要なんてないのよ。私利私欲じゃないし」 「……でも、私、子供だし……。ライバルも多いし、やっぱり……」 淋しげにうつむく蛍にちょっとときめいてしまいそうになるのを押さえながら、優しく慰める煌羅。 「ううん、大丈夫よほたりん。私の見た所、真田光は真性のロリコン野郎ね」 「ろ、ろりこんって、小さな女の子が好きだっていうアレですか?」 一応名称だけは分かっているが、それがどんな恐ろしい存在なのか蛍はイメージできない。何て危険な。 「まあね。話すわけにはいかないけど、確証は持てるわ」 好き放題女を自由にできる立場にありながら、また、多くの女の子に言い寄られながら、光のそんな乱れた噂は全く耳にしない。 むしろ誘惑したのにやんわり断られた女も多いと聞く。 それは光がロリコンだからに違いない、と煌羅は確信している。大人の女に誘惑されても平然としているのも当然だ。 ……実に面白おかしい思考回路の持ち主である。 もちろん、それを話さないのは煌羅なりの優しさなのだが、話さなくて正解だ。あらゆる角度から情操教育によろしくない。 「ライバルなんていないわ。ほたりんはここで一番年下なんだから」 「2番目は煌羅さんですけどね」 TERAで15歳以下の人間は、蛍と煌羅の二人だけしかいない。 それでも子供じみた自分にコンプレックスを持っている蛍にすれば、妙に大人びている(ように見える)煌羅が実年齢差以上に遠く感じるのも仕方はない。 「とーにーかーくー! 光だってエッチな男なんだから、ほたりんがそれに答えてえっちしてあげれば絶対すぐにオチるわよ!! 恋愛成立!!」 「? え、な、何をですか? 何をすれば……?」 「えっち」 「だ、だからどういうえっちな事……」 「だからえっち」 「……? …………??」 腕組みも勇ましく自信満々な煌羅とは対照的に、真ん丸な目で立ち尽くす蛍。 「……司令。大人としていいんですか、あの会話内容は」 「まだまだ子供のお話じゃない。でもまあ確かに、愛なんて体の後にいくらでもついてくるわよ」 熱弁する煌羅をにこにこしながら見つめる明美。 「あの……光さんはえっちなんですか?」 「男はみんなそうだけど……あー、だから、そういう意味じゃなくて。光とほたりんの方のえっちよ」 「? ? ?」 「……え、うわっ、まさかホントに知らないの!?」 まるで小兎を見つけた肉食動物のように目を輝かせる煌羅。 「そっかあ、今時の小学生はみんな知ってると思ってたけど、うんうん、愛いわねー」 「私、大学卒業してますけど……」 「ほたりん。えっちを知らないで男と付き合うのは非常に危険よ。前知識をある程度持っておくに越した事はないわ」 「はあ」 上着を少しはだけて蛍ににじり寄って行く煌羅。 よくわからないまま怯えて後ずさる蛍の瞳がまたいい具合に煌羅の身体に火を点ける。 「うん、この程度なら浮気に入らないわよねお姉ちゃん。味見……じゃなかった、教育だし」 「あ、あの、煌羅さん…………目が正視に堪えないほど恐ろしいんですけど……」 「煌羅、自分の言動に責任持たないと司令みたいな大人になるわよ。そろそろやめなさい」 さすがに見過ごせない光景になってきたためひなたがやんわりと諭す。 「シャラーップ22歳処女!! もはや今の私の熱い昂ぶりは誰にも止めら……れ……」 ちょっと(どころじゃなく)気分が盛り上がっちゃっていた煌羅は、言ってはいけない事をつい口にしてしまう。 しかし、それが最後まで口にされる事はなかった。 「こんな所に毒が」 「あ、ダメです! それは試作段階の毒薬『あ!らっとジェノサイド君1号』!! スプーン1杯で町一つ分の人間を抹殺できるちょっとトホホな薬です!! ドラマのCMの合間に作ったらちょっと威力が増しちゃいました…………」 そんな劇薬をついうっかり持ってきやがっていた幼女が何かほざいている。使用用途は一体。 「テレビ見る片手間でそんなもん作らないでよ!!」 今まさに被験者にされそうな煌羅が叫ぶ。 「そう。丁度いいわ。ならクライマーでも死ぬわね。ところで煌羅、飲め」 「ひいっ!?」 さすがにひなたの目が据わっているのに恐怖を感じたのか、今度は煌羅が後ずさっていく。 「ごめんね、さっき大人になってからの事なんて怒っちゃったけど。……その前に大人になることなく生涯を終える可能性もあるわね」 「スススススススミマセン……」 邪悪な目でこれみよがしにドクロマークのついた小瓶をくゆらせるひなた。 まさしくそれは人の命を狩る覚悟をした殺人者の目だった。 「落ち着きなさいひな、みっともない。子供相手に大人気ないわ」 「その子供相手にゆとりを持てないほど切羽詰まってるのがわからないんですか!!」 「いや、十分すぎるくらい分かるけど……」 こんな調子だ。簡単に集まると思っていた人材探しは、その後も困難を極めたのだった。 「は、葉月、無理してついて来なくてもいいのよ」 「光様のためです。親の死に目に会えなくても行きます」 「いや、ホントそんな大げさな事じゃないから……」 ブリムの大きな白い帽子と、それに合わせた白いワンピース。 見た目は絵に描いたような清楚だが、この外見に騙される内面の恐ろしさが葉月の怖いところだ。 「……ええっ、こんなとこですか!?」 15分ほど歩いただろうか。着いて早々、ひなたが驚きの声を上げる。 「そうよ、何か問題ある?」 驚くのも無理は無い。茶番劇……といえば聞こえは悪いが、1日限りの舞台としては少しばかり分不相応だ。 「司令、どうして都内の一等地にこんな土地…………。TERAの直系かダミーの企業ですか?」 そこは都内有数の高級住宅街・繁華街の真っ只中。にも関わらず、ずっとテナント募集ということで空家になっていたらしい不思議な場所だった。 ここにそれなりの店が入れば、結構な稼ぎになるのは間違いない。 「そんなんじゃないわ。私のコネクションよ。テナント募集ってことにしてあるけどテナント料思いっきり高くしてあるから、どこも入り手はつかないから同じね」 「どうしてそんな無駄な事を……司令ってそんなに給料貰ってるんですか」 「まあひなの10倍は貰ってるかしらねぇ」 「嘘っ!? 労働省に訴えますよ!!」 「 ひなたとしては、ろくな指示も出せずにただ司令室にいるだけのような明美が高給取りであるのはどうしても納得がいかない。 光なら自分の100倍給料を貰っていようが文句は無いが、明美など主婦がパートで貰う程度の月給でもまだ多いくらいだと思う。 「あ、あの、そろそろ時間が無いので、準備を……」 おずおずと蛍が進言する。大人たちのボケツッコミに付き合っていてはせっかくの努力が水泡に帰す。つくづく気苦労の絶えない幼女だ。 「役割決めましょうか? 誰か接客業のバイト経験のある子いる?」 仕切ろうとしたひなたは、違和感に気付いて店内を見渡した。 普通の喫茶店だ。内装が少しモダン趣味過ぎる気もするが、個性的なだけで悪くは無い。 そう、例えば、カウンター横のマネキンが着ているメイド服。あれを着たメイドさんが店内を歩いていたら絵になりそう―――――― 「……あれ?」 よ〜く見ると、ありえないものが虫食いのごとく出てくる。 大きなメニュー表に書かれているのはドリンクやセットメニューの類ではない。 『ナース』『巫女』『女子高生』『天使っ娘』etc etc……ひなたにとっては見慣れているが普通の人はちょっと首をかしげそうなラインナップの数々。 奥の扉を開けた明美が手招きをした。 「さあ、これに着替えるのよ、みんな」 「……司令、まさか、この喫茶店って」 「嬉しいでしょ、ひな〜。昔の血が騒がない?」 「な、な、何ですかこれ! メイド喫茶……ううん、コスプレ喫茶でしょう、これ!!」 「ピンポーン。今さら何言ってるのよ、ひなだって自分で言ってたじゃない、普通の喫茶店になるはずないって」 確かに、明美が絡んだら普通になるはずは無いとは言った。しかし、まさかこの女、ここまで……三段飛ばしで階段をジャンプして三回転半ひねりを加えるくらいアホだったとは。自分の洞察力の稚拙さが悔やまれる。 「ほらほら、急だからハンドメイドは無理だったけど、いろいろ取り寄せたのよ〜。これなんてどう、あなたこのアニメ好きでしょ」 「う……うう……」 ”それ”を渡され…………ひなたの中に封印されていた熱き血潮が音を立てて全身を駆け巡り始めた。 「あー、私これ着たい! 終わったらそのまま着て帰ってお姉ちゃんと……ふふふふ」 「……え、服を着る喫茶店だったんですか……?」 「あんたの中の喫茶店ってどこのいかがわしい店よ」 というか、コスプレに一番理解のあるはずの自分を差し置いて、他の子たちが疑問も持たず衣装を物色している。 妙な対抗心が生まれ、本来言わなければならない事など全てがどうでもよくなってしまった。明美の思惑に乗せられている。 「ま、まあ、コスプレくらいならいいですよね」 「そうそう♪」 ――――――光を助ける者は、もはや誰もいなくなった。 「わ、この巫女服可愛いなー」 「でも一応定番として用意してあるけどね、ウチには本物の巫女さんもいるし」 「え、そんな娘いるんですか?」 「実家がそういう家系っていう子がねー。ま、一般クライマーだし目立たない子だから無理も無いか。でも、本職が身内にいるのに、勇気がいるわよ。管理班のなんちゃってメイドとはわけが違うんだから……ああ、まあそれを言ったら、亜輝も身内にメイドがいるけどね」 「ウチって、何だかんだいって変り種が揃ってますよね」 総司令官がその最たるものだというのに、何を今さら、といった所だが。 喫茶店が開店に向けフル稼働する中、少し離れた街中を、ゴマをするようにしきりにカタカタ動く情けない男の姿があった。 「あ、あの、光さん、そろそろ時間稼ぎも限界じゃあ…………」 亜輝が携帯を見ながらそわそわする。 「おお、玲衣! 今日からやってるぜ、この映画。時間も丁度いいし見ていかねーか?」 「そうね、光のバイト先を見てからゆっくり見よっか。そっちが気になってもう何も楽しめそうにないの」 「うわーい」 蛍が何とかしてくれる事を頼りに必死に時間稼ぎをする光だが、今日の玲衣は小手先の誤魔化しは一切通用しそうにない。 そんな光をおろおろしながら見つめる事しか出来ない亜輝、傍観者となってただほくそ笑むだけの詩奈と友美。計四人の美女を従えて町を歩く光は、嫌でも人目についた。 もちろん光もその視線が気になってはいるが、一番視線を集めているのが自分自身だということにはさすがに気付いていない。 ”新着メール 上科蛍” 「……準備できました……すごいお店です。2丁目3−15? よっしゃあ、蛍ちゃんナイス!!」 「どうしたの、今の今まで後ろめたそうにしてたくせに、突然嬉しそうに」 まるで今まさにバイト先が出来上がったように無邪気に喜ぶ光を見て、玲衣が不審に思う。 「いや、そろそろ俺のバイト先に案内しようかなって思ってさ! ささ、2丁目の3−15に行こうぜ!!」 「そんな、番地をわざわざ口で言わなくても、案内してくれればいいじゃない」 「おう、誠心誠意案内するぜ、2丁目の3−15」 「ねーねー光君、店の名前なんてーのー?」 「2丁目の3−15」 「こ、光さん…………」 店に連れてってしまえばどうとでも言える。これが背水の男の姿だとしたら、あまりにも情けない。 「えーと、2丁目って……」 「……2丁目はこっちよ、光君」 「あーそうだそうだ! よく忘れんだ俺!!」 「…………」 通い慣れているはずのバイト先をきょろきょろ探しながら歩く自分にますます不審を抱く玲衣をなだめながら、ようやく光は蛍の指定した場所に辿り付く。 そこは、至って平凡な喫茶店風の店が立っていた。 店先のイーゼルにお勧めメニューがパステルで描いてあったり、芸が細かい。 「おおお〜、普通の喫茶店ぽい! 蛍ちゃんやってくれたぜ!!」 「何ニヤニヤしてるの、光 「はは、いやいや、何でもないぜ!」 「っていうか、何だ、普通の喫茶店じゃない。いっつも血眼になって行こうとするからどんなのかと思っちゃったわよ」 詩菜と友美が苦笑し、亜輝がほっと胸を撫で下ろす。 「ささ、入って入って! 今日は俺がおごるからさ!! 楽しみにしてろよ! 見た目は普通だけどさ、なかなかいい店だから!!」 これからはこそこそと玲衣を煙に巻く必要なく出撃できるな。嬉々としながら扉を開ける。 しかし、そのイーゼルからしてよく見るべきだったのだ。……『美少女』……本日のお勧めメニューが何であったのかを。 そこにはかつてない悪夢が展開されていた。 パラパラ漫画のようにコマ送りで変化していく光の表情……。 「「「「「「いらっしゃいませーーー♪」」」」」 「本日は5名様貸し切りでーす」 乱れる事無く揃った黄色い声が、光を最後には液体窒素でもぶちまけたかのように凍結させた。 とりあえず回れ右して帰ろうと言ったら玲衣は帰ってくれるだろうか。 「わあー、光、いいバイトだねー♪ 楽しみにしてろって、これのことなんだー」 「わーははは無理だあ」 もはや光に残されているのは帰り道のない地獄への片道切符のみ。 もちろん、TERAの人間に頼む以上、女だけの職場でもそれは止むをえないとは思っていた。 しかし、それだけではまだ足りないというのか。 扉を開けて光たちを迎え入れてくれたウェイトレス達は、ことごとく男の煩悩をくすぐるコスプレ衣装に身を包んでいらっしゃいました。 「こ、コスプレ喫茶………………」 「たしかにすごいお店だねー」 事情を瞬時に察してしまった亜輝が何も言えずにため息を一つついた。 「……あ、いつかの握力強いお姉さん!!」 光の後ろで目を怪しく発光させる玲衣を見て声をあげる蛍。 「そーいうあなた、確か光君の同僚って……ちょっと、あなた12歳って言ってたじゃない!! こんなバイトしたら犯罪だよ!?」 思わず素の意見を口にする詩奈だが、当の玲衣にはもちろんそんな他愛のない会話など耳に入っているわけもなく。 蛍は可愛らしく猫の着ぐるみに身を包んでいる。 さらに煌羅はナース、ひなたは声優志望よろしく某アニメのヒロイン、明美に至っては昼間から黒で統一されたランジェリーを纏って妖艶なオーラを放っているではないか。一般クライマー達は無難なものだが、葉月は露出度を咎められたのか、普通にメイド服を着ている。これは、TERAの居住区管理班の制服だ。……ただし、何故か胸の部分に水を零して布地が張り付いていた。 「ほたるちゃん…………ここは一体……」 今まさに命尽きようとしている光が、消え入りそうな声で蛍に尋ねる。 「光さん! どうですかこのお店! 完璧でしょう?」 わぁー猫娘が嬉しそうに擦り寄ってくるー。 「かん……ぺ……」 追い詰められていた。冷静な判断力を欠いていた。幼女に相談してしまった。責は誰にあるかと問われれば自分にもあるだろう。 だがしかし。だがしかし。だがしかしっ……。 完璧とか言われた。どうしよう。 「終業時間にはちゃんと『蛍の光』も流れるんですよ! ……きゃっ、”蛍の光”だなんて」 ひょんな言葉から素敵な未来に思いを馳せる蛍。 「……あ、あの。嬉しそうなところ悪いんだけど、蛍ちゃん」 努めて冷静に話し掛ける光。その先に待つ最悪の答えは薄々予想済みなのだが。 「……この店は、君の趣味で……?」 蛍が自分でやったといってくれたなら、まだ諦めもついただろうが……しかし。 「あ、いいえ、明美司令のぷろでゅーすです。私一人じゃ不安だったので相談したら、事の他いろいろ手伝ってくれて」 「よりにもよってあの女に相談するなあああああああああああああああああああ!!!」 「ふええええええ!? わ、私何かいけないことしましたか!?」 半泣きで絶叫する光と、その後ろで町一人分の人間を抹殺できそうな殺気を放つ玲衣を見て、蛍はただうろたえることしかできなかった。 |