オリジナル小説 -SHINE-






他ならぬ夏の日に


「風流だな」
 翔盟高校校長・津間部椎ノ介(つまぶしいのすけ)は窓の外に広がる光景を見てそう呟いた。
 照りつける太陽にも負けず、学生達は頬に汗を光らせる。まさにそれは青春の輝きだ。
 それをこうして見つめる、教師の本懐と言えるだろう。
 何より、女生徒がブルマなのがいい。
 ブルマであることを守っていくには、一方ならぬ労力が要る。
 当の女生徒達よりも、周囲の大人達こそうるさいという状況だ。
 だが、世間の風潮に流されず、保護者に媚びず、徹底した自流の教育論を熱く貫く校長は、生徒の憧れであり、頼りにされていた。
 その上での自由な校風は創造性豊かな生徒を育成する。
 少子化に歯止めがかからない昨今だが、翔盟高校はむしろ年々志望者が増えているほどだった。
「ブルマはいいですわね、あなた」
「フ、よさないか。他に誰もいなくとも、ここでは私のことは校長と呼びなさい、教頭先生」
 教頭と呼ばれるには若い女性だった。30代後半、せいぜい40代前半といったところか。
 10数年前、ブルマを熱く語る椎ノ介に恋し、生涯の伴侶となったこの女性こそ、翔盟高校の教頭だった。
 そのおしどり夫婦ぶりは、職員間はもとより、生徒からも冷やかされるほど。
 仲睦まじい夫婦は、今日も、二人を結んでくれた立役者の眩しさに眼を細める。
 こうして見ていると、赤や紺色のブルマが、純銀のエンゲージリングに見えてくるから不思議だ。
「頑張っているなあ、彼女は、今日も」
「円条さんですか。確かにあの子は、あんな素敵な体つきをしているのに、早いですねえ。本当に、女の私でもドキリとしますわ。あな……校長はどうです? 思わず目が釘付けになりますでしょう?」
「馬鹿を言うな。生徒は皆私の子供だ。子供に色目を遣う親がどこにいる」
 ……それを肯定できない世の中なのが残念だが、彼の場合、それは偽り無き本心だった。
 昔、実力が伸び悩むプレッシャーから、屋上で急に全裸になり、「私をさらって!!」と大宇宙目掛け渾身の電波シャウトをかましたバスケ部女生徒がいた。
 たまたま屋上からブルマを見ようと訪れ鉢合わせた椎ノ介が、そんな彼女に引くこともなく、本当の親のように厳しくも優しく諭した……という心温まるエピソードがある。
 ある時は等身大に。
 ある時は親のように。
 そして、若者を導く教育者として。
 近年希に見る熱血教師……それが、真田光の通う高校の校長なのだ。

「しかし、夏休みだと、アレが見れなくて寂しいなあ」
「アレですか」
「アレだ」
 アレは、その痕跡が校内の至る所に残っている。
 もちろん荒廃した不良校のように、そのままにしてはいない。
 しかし、修繕の真新しさがかえって何かがあったことを暗示するし、それすらも追いついていない場所もある。
 天野玲衣が、嫉妬や照れ隠しで光をぶっ飛ばしたときにつく跡。
 二人のやりとりは、不謹慎とはいえ、校長始め教師達も楽しく見守っているのだ。
 光がクライマーと知っているからというのもあるが、やはり、今時珍しい、微笑ましい男女のやりとりなので、見ている側の方が、甘酸っぱい気持ちになってしまうのだ。
 大人なら尚のことだ。
 ……破壊の規模が人間離れしていて、たまに怖くもなるが。
 様々な少女達に囲まれて困惑している少年は、世界の運命を担っているとは思えないほどに、ごく普通の高校生だ。
 それを預かる身として、誇り高く、曇りなく教師道を邁進しなくてはならない。

 だが、夏休みの今は、そんな二人のやりとりが見れず、少し寂しい。
「そういえばあの二人を見ていると榊月君達を思い出すな、10年前を」
「あの頃私は駆け出しでしたが、よく覚えていますよ」
「お転婆で、破壊行動こそしなかったものの、よく問題を起こしていた。ちょうど3年生の今頃から、卒業までずっと人変わりしてしまったように元気がなくなって心配していたが……今では何とTERAの司令さんをしている。なんだか嬉しくてなあ」
「あなたの教育人生の結晶の一つですわね」
「私は何もしていないよ」
 椎ノ介には、クライマーを多く要する高校ということもあり、明美はある程度の事を明かしている。
 もちろん、口外して差し障りの無い程度のものばかりだが……それでも、自分の事を明かすということに、明美も学生時代彼を信頼していたということが分かる。
「さて、体育館をまわりに行くか」
「バレー部の子は今日もいいブルマでしょうね」
「そうだ。ブルマは跳躍に合わせ空に残跡を描く。その美しさこそ、ブルマの真価の一つといえる」
 ブルマをこよなく愛する伝道者、津間部椎ノ介。
 彼の預かる翔盟高校は、これからも安泰のようだ。


 そんな彼が見守っていた、陸上部。男女の区別はない。皆仲はよく、実力も県内トップクラスだ。

 その部長、円条友美は人気者である。
 整った顔立ち、人当たりのいい性格、何より、翔盟高校史上最強のプロポーションを誇る。
 非の打ち所のない美少女だった。
 史上最強という肩書きは、20年もの間校長を務めている現校長の手によって授与された。
 
 お祭り事に関しては規制が甘い翔盟高校では、生徒主導の非公式のランキングが、教師陣が率先して参加することで事実上公式化するのも珍しくないことで、その中の美少女ランキングでも友美は常にトップクラスを維持していた。
 学年ランキングでは玲衣に次いで2位である。
 男子の間でいつも論点として挙がるのが、「何故、毎回円条さんは天野さんの後塵を拝しているのか」ということだ。
 確かに玲衣は、容姿だけで言えばおそらくは校内一、いや、それ以上の美少女をそうは探せないというほどの逸材だが……それだけだ。
 新入生などは、毎回玲衣の気が強そうで、しかし類い希な清純派オーラに思わず目を奪われるというが、その幻想を抱いていられる時間はあまりにも短い。
 学区内で不可解な破壊跡を見つけたら、ガイストではなく玲衣の仕業だと思えという暗黙の了解が作られるほど、彼女の暴れぶりはそれはそれは豪快なものだ。
 漫画でしか見たことがないような、人間が高々と宙を舞う、という光景が、玲衣の近くにいるといつでも見れるのだ。……頻度の割に、飛ばされるのは一人の少年(ごく希にその友達の少年)だけだが。
 彼女をクライマーだと勘違いしている生徒も少なくないという。
 そんな生きる破壊神伝説・天野玲衣が、家庭的美少女とスポーツ美少女のハイブリッドである円条友美よりも人気があること、これはある意味学園七不思議といっても過言ではなかった。

「気がついたら天野さんに投票していた」
「天野が真田を殴るのを見て足が竦んだのに、寝る前にふとその光景を思い出したら、何故か胸が高鳴った」
「最近、殴られている真田を見て羨ましいと思う。違う、俺はそんなはずはないんだ、しかし……」
「あの揺れる触角をじっと見ていると、何故か数十分記憶が飛ぶ」

 などは、玲衣に何故か投票してしまった者達の弁。
 一概には説明できない、神がかった力が働いているのは間違いないようだ。

 ともあれ、友美はそういった未知の可能性に左右されることのない、安定した人気を保っている。
 弱小だった陸上部が、彼女の加入と同時にめきめきと地力を伸ばし、今や全国レベルなのはその人気を指し示す最も分かりやすい例である。

 友人達と過ごすかけがえのない時間……。
 今の友美にとってはそれが一番で、陸上はかつてほどの情熱を注いでいるとは言えなかったが、それでも、陸上部員達にとって、友美こそが自分達を照らす太陽なのだった。
 夏休みも半ばに差し掛かった今日も、陸上部員達は友美の側で懸命に練習に励んでいた。
 友美の側にいたい、友美に褒められたい、それが彼らの原動力である。
 その純粋な願いのため、寿命をすり減らしているような気もするが、本人達は幸せそうなのでいい。

「ふほうっ!!」
 苦悶の声が響く。
 提示されたメニューを終え、自主トレの時間。
 そして、ここぞとばかりに友美にアピールできる時間でもあった。
 腹筋をする格好で、腹にボウリングの球を落としている部員がいる。
「無事かっ!?」
「あ、当たり前だ……もういっちょこい!!」
「お前って奴は……よしいくぞ!!」
「ふほうっ!!」

 トラックを狂ったように走り続けている男子がいる。
「安田ーーーー! もう6周オーバーだぞ、そろそろ上がれーーー!!」
 返事はない。やがて、異変に気付いた。
「あ、あいつ……気絶したまま走り続けて……!」
「魂が足を動かしているんだ!」
「安田! もういい! もういいんだ! お前の前を、円条部長は走っていない!!」

 ……どいつもこいつも劇画調で暑苦しかった。