「ふう、未練がましい亡霊も去った事ですし、これで後は私とアスランさんのコズミック・イラが始まるんですね。
キャラクター選択画面では仲良く手をつないだ立ち絵にしましょうね♪」
「勝手に新作ゲームを開発するな」
紆余曲折(マジで)の末、ようやく疑いが晴れ、拘束を解かれたアスラン。
カガリがコンペイトウの化け物で遊んでいる時、滑って自爆したという面白すぎる真相で片付けられてしまっていたが。
「でも、何か懐かしいなあ。お姉ちゃんと、よくあんな風に喧嘩したんですよ。カガリさん、お姉ちゃんみたい……うふふ」
うふふ、て。今夜が峠ですと言われて人生最大の戦いを己と繰り広げているプリンセスが横のベッドで寝ているのだが。
「お姉ちゃん、今頃どうしてるかなあ……」
「あ……」
一時は若干殺意さえ沸いたりもしたが、メイリンが刹那見せた寂しげな顔に、アスランは我に返った。
そうだ。思わず、この船の懐かしい雰囲気に忘れてしまいそうになっていた。自分は、脱走者。巻き込まれたこの娘は、姉と離れ離れになってしまったのだ。
しかも、自分達は撃墜された。ミネルバではもう、自分はもとより、メイリンまでもが亡き者として扱われているのだ。
……帰る場所は、もう無い。
不安なのだろう。こうして元気に振舞っていても、不安で押し潰されてしまいそうなのだろう。
だから、相次いでトチ狂った行動を取って気を紛らわせていたのだ。そうに違いない。
……そう思わないと泣いてしまいそうだから。
「無事でいてくれるといいな、お姉ちゃん……」
「ルナマリアは腕は確かだ。簡単に堕とされはしないさ」
ロゴスを掃討するためにザフトは総力を結集している。その前線には当然ミネルバの面々もいるだろう。
だが、ルナマリアは腕こそシンに劣るものの、状況判断能力に長け、冷静に行動が出来る。
きっと……大丈夫なはずだ。
「そうじゃないんです。その、私のせいで、迷惑かけてると思うから……」
「え」
今にも泣き出しそうなメイリンに戸惑うアスラン。
「メイリン……?」
「お姉ちゃん、赤服のエリートパイロットで、信頼も厚いけど……でも、身内の私が今頃反逆罪になってるから、お姉ちゃんもきっとひどい目に遭わされてると思うんです」
「はっ……!?」
そんな事にまで頭が回らなかったのか、アスランが顔を青ざめさせる。
「ルナマリアが……!!」
迂闊だった。少し考えれば簡単に予想できた事だ。
いくらルナマリアがレッドといえ、反逆者の身内を放っておくはずがない。
尋問だけで済めばいいが、自分に必要の無い者は容赦なく切り捨てるデュランダルの膝元にあるミネルバ、そのメインパイロットである
ルナマリアが、ただで済まされるだろうか。
「天井から吊るされて、ムチでピシピシ叩かれてるかもしれません。レイと議長のやおいを延々と見せられるの刑に処されているかもしれません」
後者はある意味死に匹敵する辛さだ。
「……いえ、もしかしたら…………アホ毛を切られてるかもしれません」
「そんな!!」
ベッドから勢いよく起き上がり、激痛に喘ぐアスラン。
「……っく、そんな、事に、なってしまったら」
アホ毛がチャームポイントのルナマリアにとって、それを切られる事は銃殺刑に等しい。
見える。
切られたアホ毛を握り締め、体育座りで放心し続けるルナマリア。目は虚ろ、頬は痩せこけ、この世の全てに見放されてしまったような絶望。
周囲の仕官も、彼女に声をかけることも出来ず立ち尽くす事しか出来ない。
「ル、ルナマリア……!!」
かつての同僚の悲劇を思い、くっ、と歯噛みするアスラン。自分は何て無力なのか。
自分の、極端に言ってしまえば我が身可愛さの脱走が、一人の少女のアホ毛を奪ってしまった。
「お姉ちゃん……」
「待て! もう回想入るな!! トラブルしか生まない!!」
アスランの嘆きをキラじみた唯我独尊さで無視し、回想……むしろ怪想が始まる。
物心ついた頃から、姉の頭には惚れ惚れするようなアホ毛がそびえていた。
ホーク家は代々アホ毛の家系で、議員である父も、研究員である母も、見る者誰もが思わず目を止める見目麗しいアホ毛の持ち主だった。
特に、無名の市議員から評議会にまでのし上がった父は、アホ毛に誇りを持っていた。
しかし。コーディネイターでありながら、私には……私だけにはアホ毛が発現しなかった。
表面上はわけ隔てなく愛情を注いでくれているように見えた両親も、姉だけに期待しており、明らかな愛の差は、5歳になるかならないかの私でさえ肌で感じていた。
そんな私を、姉は懸命に庇ってくれた。いつでも優しかった。
『どうしたのメイリン、いじめられたの?』
『だって……みんなが言うんだもん。お前のおねえちゃんにはアホ毛がついてるって』
『メイリン……』
子供の私は、それがどれだけ姉を傷つけるか気付く事もできず、泣きながら背を向けた。
家族が何故皆、こんなアホ毛に誇りを持っているのか理解できなかった。
『これはね、エリートの証なの』
『えりーと?』
『そうよ、これが頭についてるとね、私は普通の人の3倍の速さで動けるの。』
『じゃあ、ついてない私は……う、ひっく……』
『メイリンには、ついんてーるがあるじゃない。それはね、エリート中のエリートな女の子にしか許されない、最高の髪型なのよ』
『ほん、とう……?』
『うん、お姉ちゃんは嘘つかないわ。二人で一緒にザフトに入って、悪者を倒そうね!!』
『わー、お姉ちゃん、大好きー!!』
姉はいつでも強かった。
……そして、完璧だった。
自分は成績も、家事も、……女としても、およそ考えつく限り何一つ姉には勝てなかった。
『どうしたのメイリン! 開けて!? ね、もう丸一日何も食べてないでしょ!? 身体壊しちゃうわよ!?』
『ほっといてよ! お姉ちゃんには、お姉ちゃんには私の気持ちなんて分からない!!』
『……メイリン……』
『ずるいよ……私! 努力して、実機訓練はお姉ちゃんより成績上がったのに、どうして私は緑服で、お姉ちゃんが赤なの……
どうして私がオペレーターで、お姉ちゃんが最新鋭機のパイロットなの!!』
理由は分かっていた。
私がついんてーるだからだ。
議長はついんてーるがひどく嫌いらしく、私は再三ついんてーるを解くようにと通告を受けていた。
……けれど、思い出の髪型を解く事は絶対に嫌だった。まして、そんな馬鹿げた理由で強制されるなんて。
そうして、命令違反を繰り返したせいで、私は確実と言われていた赤昇進を見送られ、ロールアウトされたザクはパーソナルカラーを白に変えられレイに与えられた。
シミュレーションではシンにもお姉ちゃんにもレイにすら勝っていた私は、ただついんてーるだというだけで、エースパイロットの座を剥奪されたのだ。
そんな事実を知るものは無く、私は、ただ実力的に劣るからと。偉大な姉の七光りで、温情でミネルバに配属されたのだと、再び陰口を叩かれるようになった。
そうしてミネルバの完成が近づく中、偶然、タリア艦長と離すお姉ちゃんを見てしまった。
『お願いします、艦長』
『まだ、艦長ではないのだけれど。……そうね、聞いてあげたいのはやまやまだけど、こればかりはどうにもならないわ』
『議長に直訴する用意はしてあります』
『何ですって、ルナマリア、あなた、まさか!!』
『……はい。アホ毛を切ります。ですから、メイリンのついんてーるを認めてあげてください』
『や、やめなさい! そんな事をしても、議長のお気持ちは変わらないわ!!』
『けど、私が妹のためにしてあげられるのは、このくらいなんです』
『ルナ!!』
自分の頭に躊躇い無くハサミを近づけるお姉ちゃんを見て、咄嗟に私は飛び出していた。
おそらく最高のキレだと自負できる回し蹴りを見舞い、弾き飛ばすどころかハサミの刃先を粉砕した。
『やめてええええ、お姉ちゃん!! 私のために、アホ毛を!!』
『メ、メイリン!!』
『ごめんね、お姉ちゃん……』
『メイリン、メイリン……!!』
『……アーサー。私だけれど。5分後だったわよね。クルーのミーティングは、あと1時間遅らせてもらえるかしら』
『ええー!? だって、もうシンとか、1分前に来たのにすでに飽きてグチグチ言ってますよ!!』
『悪いわね』
抱き合って泣く姉妹を見ながら、タリアは優しく微笑んだ。
「お姉ちゃん、……あんなに優しいお姉ちゃんが……お姉ちゃんが……」
「…………」
言葉もかけられずメイリンを抱きしめるアスラン。
「お姉ちゃん、私のせいで、私のせいで、命より大事なアホ毛……どうしようアスランさん、私……」
「メイリン……違う! 君のせいじゃない! 俺が、俺が……!!」
「う、ううっ、アスランさん、お姉ちゃんが、お姉ちゃんのアホ毛がっ…………!!」
「ちくしょおおおお…………ニコルの時に誓ったはずなのに……!! 俺はまた、守れなかった……!!」
今頃ルナマリアは、インパルスで湖に乗り付け、涙で顔を歪めているかもしれない。
もう誰も君をアホ毛と笑ったりしないから。何も怖いものは来ないから。だから、安心してお休み――――――。
最愛のアホ毛を無念の思いで湖に沈めるルナマリア。悲しみを教えて。
……そして彼女は憎悪と復讐心に燃える。
その怒りを受け止めるべきは妹ではない。自分こそが、甘んじてその怒りの刃を受けるべきなのだ。
おそらくは自分を打倒すべく、鬼のような形相でシミュレーションに臨んでいるであろうルナマリアの。
レイ、そしてシンとともに、ルナマリアは自室に閉じこもり、コンピュータとにらみ合いを繰り返す。
『イージス、ジャスティス、セイバー。それらは強い。あのデストロイも倒したのだ。アスランはおそらく、今のMSパイロットの中で一番強い』
”倒してねーだろ”
こしゅー、こしゅー、と呼吸器から空気が漏れる。横に寝るカガリの心のツッコミは両人には届かない。
『確かにアスランはMS戦では恐ろしく強い。反面、奴はお世辞にも心が強いとは言えない。そこにインパルスの勝機がある。ルナマリア、戦闘中、ヘルメットはつけるな。ずっと自分の映像をアスランのコクピットに送り続けろ。自分の犯した罪――――――アスランに自覚させ、打ちのめせ。奴はきっと、全力で戦えない』
ああ、そうだろう。
あのレイが助言すれば、きっと一番のウィークポイントをついてくる。
心の弱さ。自分の事は芯が通っていても、他人の事になると弱い。
ルナマリアの、アホ毛を失った痛々しい姿を見せ付けられて。犯した罪と向き合わされて……。トリガーを引くことなど、できない。
戦う事など……できない。
「君がいなければ、な」
「え……」
「メイリン。俺はアホ毛を守れなかった……。けど、君のついんてーるは、俺が守る」
「アスランさん……」
頼もしき言葉に彼女の頬が染まる。ゆっくりと目を閉じるメイリン。
二人の顔が近づいていき……
「待てええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
あらん限りの声での絶叫で、ようやくアスランは我に返る。
「はっ、俺は何を!?」
「ちっ」
不死身のプリンセス、カガリ・ユラ・アスハが、峠を制して帰ってきた。バックには姫専用テーマソングが惜しみなく流れている。
伊達にナチュラルでありながらヤキン最前線を生き抜いたわけじゃない!!
「お前ー! 今、この子に洗脳されかけてたぞ!! 脳内でシナリオ分岐しちゃってたぞ!!」
まさしく洗脳寸前だった。おそるべし、怪想。
「何の事ですか、カガリさん。姉の不幸をないがしろにするなんて、ひどいです」
「どーせまたお得意の捏造だろうが! 私はもう騙されないぞ! アスランを信じる!!」
あれ……ちょっと前その信頼の無さが原因で凄惨な死闘が繰り広げられた気がするのだが。
「う、うう……」
力が抜け、ベッドに倒れこむカガリ。
「カガリさん、無理しないで下さい、致死量の血を出してしまったんですから、ゆっくり休まないと」
輸血したとはいえ、カガリはもはや致死量の失血をしてしまったのだ(コンペイトウで)。
血の気が多い姫とはいえ、生きている事が不思議な状態なのだ。
「お、お前がいなけりゃ遠慮なく寝てるっ……!!」
「アスラン君、キラ君が例によって狙ったような恐ろしくおいしいタイミングで間に合って、ザフトをゴミのように蹴散らしたそうよ」
医務室のドアが開き、艦長が朗報を運ぶ。……朗報にしては随分と非道な男の所業に聞こえる。事実なのだが。
「そうですか」
「あら、また喧嘩していたの? 若いのはいいけれど、ほどほどにね」
全てを理解したような大人の笑顔に、アスランはげんなりとする。
「あの、艦長、できれば、部屋を分けてくれませんか。医務室じゃなくてもいいので、俺と、メイリンと、カガリ……三人とも別々で」
「大丈夫よ、私はちゃあんとあなたの事は信じているから」
信じてもらえるのは嬉しいが、自分も男だという事も理解してほしい。
「………………不能だって」
「失礼な信頼を寄せるなあああああああああああああああああああ!!!!」
ってかそれ以前にメイリンと部屋を別々にしてくれればそれで問題は解決するのだが。
『アスラン君が不能かどうか、花びら占いで占いましょうか。不能、不能じゃない、不能……うふ、このままいくと不能だわ』
『やめてあげてマリューさん。アスランが不能だなんて、そんな決まりきった事でいたずらに花の命を摘んでしまうのは。
……それに、アスランは、不能でヘタレだからみんなのアスランじゃないですか。僕は、そんなアスランが好きだな』
『そうね……』
紅きMSを凛として駆る一方、アスランは不能なのだ。そして、ヘタレなのだ。だからこそ、皆も厚い信頼を寄せるのだ――――――。
「っていう事を前にキラ君と話して……」
「キラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ニコルを殺された時のような絶叫で、今宇宙で勝ち鬨を上げているであろうなんちゃって親友に激昂するアスラン。
「俺の甘さが……あいつに何言われてもあんま反論しない俺の甘さが……あいつをつけ上がらせた……う、ぐふっ」
「やだアスランさん、もうそれは撃墜されたのに」
「吐血したんだよ!!」